アバターくん、ちょっと学校行ってきて

私立高校・『青葉志成バーチャル学園』では、直接学校に通わず、自分のアバターを使って授業や部活に参加する完全オンライン制の学園生活が営まれている。 試験や部活、普段の学園生活における貢献度によって”スクールポイント”を獲得でき、ポイントは大学の推薦や、普段の学園生活、学期終わりのイベントやその他特典などに利用可能だ。合理主義者の主人公、御宿深丸(みしゅくふかまる)はオンライン制を利用し、様々な遊びを試みるのであったが……。

第7話 入学式とその夜

Story So far

●御宿深丸とかいう主人公が、青葉志成バーチャル学園への入学を目前に控えている。彼は中学卒業後から高校入学までの儚いモラトリアムを悠々自適に過ごしながら、自分の代わりに学園に「通う」アバターの作成に成功した。

●花原葉月とかいうバーチャルチューターが、御宿深丸のアバターをエロガキ扱いしつつも、彼に対する入学者用イントロダクションを無事に済ませた。

●橋爪楓里とかいう教員が今春より、青葉志成大学付属高校から青葉志成バーチャル学園に出向してきた。

●藤枝道慈とかいう教員は御宿深丸の担任である。

●幼稚園児の御宿幸太郎は御宿深丸の弟であり、高校三年生の御宿十和莉は御宿深丸の姉である。

●その他、数名の教員と学生たちが、御宿深丸のアバターに接触した。

アバターとは、アバター作成者自身のようであって決してそうではないこと、そして、そこが面白いのだということが、藤枝道慈とかいう教員の口から語られた。

●御宿深丸とかいう主人公は、アバターは「自分ではない誰か」であることを重々承知しながらも、「自分だと思える誰か」であってほしいとの思いでアバターを作成した。

 

…そしていよいよ、青葉志成バーチャル学園第二期生の入学式の日がやってきた!

 

Entrance Ceremony

●校長先生からの挨拶! 激励! むせかえるくどい情熱が言葉の節々からほとばしり、皆一様に気圧され・うなだれ・胸中コール「早よ終われ」、一人で侃々諤々やりやがるせいで立つ学生らの膝もガクガク震え寒いぞこれは、ゴミクソオヤジギャグも脳内飛び交う興ざめアワー、そこへマイク持て来たる期待のフラワー学級いいんちょ

●学級いいんちょ!「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。ご存知の通り、この学校は色々と普通ではございません。今日一堂に会した皆さんは悉く生身の人間じゃないんですから、それはもう尋常ならざる事態です。もう一つ普通でないのは、この学校にはまだ校歌なるものがないのです。ないなら自分たちで作ろう、そう言って昨年、一期生みんなで知恵を絞り、意見を戦わせ、この学校にふさわしい立派な校歌を作ろうと試みました。作ったところで歌う機会なんて、とは思ったんですけど、それでもみんなどういうわけだか熱心に作っていたんです。そうしたら、これもどういうわけだか、一人が急に言い出したんです。『なんか、こんなの空しいよ』って。私たちは最初、彼のことを相手にしませんでした。でも、三、四日経ってくると、その虚無感がすっかりみんなに伝染してしまったんです。私たちは次第に校歌のことを口にしなくなりました。校歌の草案を綴ったノートやデータはもうどこにも残っていません。……あの現象はいったいなんだったんでしょうか。今でもよく分かりません。ぼんやりとした始まりと終わりのあいだに、ものすごく濃密な熱が、光が、ぎゅっと綴じられていたんです。あなたたちもこの先、もしかしたらそんな経験をするかもしれませんね」

fromゴミクソベンチャー企業社長ふう校長toひたすらモヤモヤする学級いいんちょ!、お前ら実家に帰れ速やかに、大人しく、厳かに今日は入学式つまり若人たちが新たな一歩を踏み出す日だった! お前たちは絵画でいうところの額縁、絵画が絵画であるための担保、なのになぜ額縁が絵画より激しく主張する必要があったのか? 濃密に渦を巻く熱気は何かの予兆まるで雷雨を予告する暗雲のよう、人ひとりKILLで散る命、私怨か利害かはたまた組織ぐるみの犯行かはたまたはたまたはたまた……。

 

Conversation

「あっ元気だったー? 私のフェイスブック記念すべき二〇〇〇人目のお友達?」

「あー……。えっと、確かあんた、山福千佳だっけ。つーか、その呼び方やめてくんない。俺、御宿深丸。よく変って言われるけど、いちおう名前あるから」

「ごめんごめん。また会えたのがうれしくて、つい。ってか、うちらクラス同じじゃん? やったね! これからよろしく!」

「ああ、うん」

「ねぇ、入学式も終わったことだし、これから国際コミュニケーション部の体験入部行くんだけど、御宿くんも来ない?」

「俺はいいかなー。なんつーか、すごく苦手そうな匂いがプンプンするんで……」

「そっかそっか。御宿くんは趣味とかあるの? あるんだったら、そーゆー部活探して一緒に行こうよ!」

「趣味もやりたい部活も特にないからバーチャルハイスクール選んだ俺に、それ聞く?」

Conversation

「そっかー。でも、趣味がないならこれから作ればいいじゃん?」

「つってもねー」

「あ! 城田くん発見! おいーっす! 城田くんもこれから体験入部?」

「ういーっす。んま、そんなとこ。クラスのオリエンテーションとか、授業とかは明日からだからさ、今日やれることをやっておこうと思って」

「さーっすが、抜け目ない発想に抜け目ないコメント。頭が下がります」

「いやいや、別に大したことじゃないよ。この学校の校風が、学生同士のコミュニケーションを尊重するってのもあって、今日はいろんなところで先輩たちが部活や学校生活のレクチャーをやってるみたいだし。僕は何個かアテがあるから、順繰りに顔を出してみるつもりさ」

Conversation

「もし邪魔じゃなかったら、私も城田くんについて行っていいかな? 噂だけど、例の『アクティブポイント』、たまりやすい部活とか選択授業とかあるみたいだから、早めに情報集めときたいんだよねー」

「任意受講の専門キャリアコースは、時間割を圧迫するけど取っといたほうがいいらしいよ。少なくとも半年は。アクティブポイント貯まりやすいって」

「ふーん。なんか、高校っていうより大学みたいだよね、時間割とかけっこう自由に組めて」

「んま、そこがイイつって入学する人も多いんじゃない?」

Conversation

「なんか、あれだな。みんなちゃんとしてんだな。ちゃんと考えて、ちゃんと選択して、ちゃんとやりたいこととかあって、それでこの学校に来てんだな。俺は入学式終わったら直帰――というか直ログアウト――略して直アウト? する予定だったからさー。昨日買ったばっかの漫画、読みかけだからさ」

「……」

「もう帰ってもいいかな。山福や城田と違って、俺は今日ここでやることは特にないし」

「……」

「入学式の日って、そんなもんっしょ。サクッと帰るのがセオリーでしょ」

「……」

「んじゃ、また」

「……」

 

 スルリ抜けて直アウト決めこみ本棚をぼんやりとまさぐる手、あっまるで自分のものではない気がしたのも束の間、漫画の続きを読む意欲もなく覚束なく宙をたどる手、指先に力はなく所在なく待つだけ、手より足が先に出、手はポケットに入れる。意味もなく他愛無く影の長さを確認しながら決めうちの道のりを歩く、三〇分の道程を倍の時間かけてとろとろ歩き、疲れ、刈られ横たわる植え込みの緑の香りが鼻をふさぐ。

 やがて緑はトラックに運び去られ、残り香はまだ固く冷たい夜の空気にかき消され、夜は明け朝ぼらけ昼を経てだんだん肌になじんでくる春の夜の気温に、まっすぐ進んでいく時間に、「俺はこのままでいいんだろうか?」と自問自答する深丸の胸中やいかに。

 

 その晩、深丸が弟の幸太郎を風呂に入れ、寝る支度をさせていると、姉の十和莉が塾から帰ってきた。十和莉はリビングのソファに身を投げるや否や、ため息交じりにぼやいた。

「はーしんど。はー意味わかんね」

「何?」

「ううん、こっちの話。いちいち反応しなくていいから」

「うっす」

 幸太郎がリズミカルな寝息を立てはじめたのを見て、深丸は、急に心地よい疲労と眠気がのしかかってくるのを感じた。

「深丸、初のバーチャル学園はどうだったの、初のバーチャル学園は」

 姉の問いに、深丸は首をぐるん、と回しながら適当に答えた。

「んー、まだよくわかんね」

「何よそれ、少なくとも私や幸太郎よりはあんたのほうがわかるでしょうよ。なんか答えなさいよ」

「よくわかんねーもんはよくわかんねー」

「ふぅん」

 十和莉は気の抜けた表情で欠伸をかましながら、深丸を横目で見やった。

「まぁ、最初っからあんまり無理するんじゃないよ」

 深丸はようやく首を回すのを止め、十和莉の視線を正面から受け止めた。

「んだよ、その言い方。ババアかよ。ババアかよっつーかババアだよ」

「は? その口マジもぐよ、マジで」

「うわババアだよー。ババアがなんか言ってるよー」

「ほんと憎たらしいガキ」

 深丸はふらっと立ち上がると、自室にひっこんだ。眠気にひきずられるようにして、あっという間にベッドに倒れこんだ。

 十和莉は食事の準備をはじめた。ご飯を茶碗によそい、出来合いの八宝菜を温め直すと、食卓にきちんと並べられた箸を手に取り、無心でおなかを満たしはじめた。

(第7話おわり)