第6話 懐疑

雑賀文太はどうしようもないほど憂鬱であった。

「はぁ〜〜」

教員室のディスクに肩肘をついて手を頰につけ、落ち込んだ様子でため息をついていた。

「ったく、本当に憂鬱だわ〜。地平線に浮かんだ太陽と土手道を歩く牛とのその使い手が思い浮かぶくらい憂鬱だわ〜」

「あれ? 雑賀先生どうされたんですか?」

雑賀に声をかけたのは、ポニーテールの金髪の女性であった。

もみあげの横の髪は顎の下まで届く長さでその先はカールしている。

口紅で赤く染められた口はペンギンのように尖った印象を受ける。

「うーん、五十嵐主任。憂鬱なんですよ。とても」

「何かあられたんですか?」

「それがね。私はいつも穏やかに生きてきたんですよ。波風を立てずにね。今回転勤してきたこのバーチャル学園だって、アバターで学園生活を過ごせるってんで、ああ、ハートフルだ、って手を上げてきたんですよ」

「あら、いいじゃありませんか」

「いや、それがですね、実際に赴任してきたら想像と違うわけですよ。生徒たちはSNS業界のカリスマだったり、傭兵制の異国からどういうわけか送り込まれてきた子だったり、大手財閥のドラ息子だったり。一癖も二癖もあって正直私なんかの手に負えない」

「そうですか? けど、雑賀先生はいつもうまくやってらっしゃるように見えますわ。生徒と話しているところを見ても、いかにも落ち着いた様子で笑みを浮かべながら喋っているように見えますわ」

「そうですか。それはよかったです。でも内心穏やかじゃないんですよ。いつも『急にこの子にナイフで刺されたりしないかな?』なんて思って過ごしてますよ。まぁ、所詮アバターなんでナイフで刺されたところで痛くも痒くもないんですが」

「そうだったんですわね。雑賀先生にも雑念がございましたとわ。着丈そうに振舞いながらもその実、心境は大変なのですね」

「ええ、その点、私からは主任の方がゆとりあるお心持ちの印象をお受けします」

五十嵐織音は髪をさらりとかき分け答える。

「あら、私とてお悩みがないわけではないですよ」

「ほう、主任のお悩みと言いますと興味がございますな」

そこで五十嵐は広角をあげ、口を開く。

「よんれいに」

雑賀はピクリと眉をひそめた。

五十嵐はえくぼのついた笑顔で話を続ける。

「特務実例四〇二。このバーチャル制の学校に対し、国のとある機関から命ぜられた執行特務。主任として理事長、校長に納得のいく説明責任を私は負っています」

「よんれいに……前々からちょくちょく耳にする言葉ですが、一体なんなんですか? その”特務実例”とやらは?」

八の字の眉を浮かべ雑賀は五十嵐に尋ねる。

「それは私の口からお話しすることはできませんわ。一主任の権限で公表することなぞできません発令ですので。しかし、そうですわね。強いて言うなら、全てはシュミレーションです。ビッグデータを駆使したシュミレーションをこの学校で行なっているということだけは伝えても良いかも知れません」

「シュミレーション……」

数秒の沈黙が続いた後、雑賀は口を開いた。

「いや、これ以上深く突っ込むことはやめましょう。それこそハートフルな人生を歩めなくなるような気がいたします。私なんぞ一介の先生に過ぎないと分をわきませていますので」

「ご理解いただきありがとうございますわ。雑賀先生ももっと周りをご活用いたしてくださいね。たまには息抜きをしないと身が持ちませんわ」

「主任のお気遣い大変恐れ入ります」

「いえっ、では私はこれで……」

そう言って五十嵐が身を翻した時だった。

はらりと一枚の紙が落ちる。

「あっ、主任……」

雑賀が紙を拾い上げて五十嵐に渡す。

「あらっ、すいません。ありがとうございます」

五十嵐が頭を下げる。

「いえっ……」

雑賀は五十嵐の背を見送る。

一人になって彼は呟く。

「あれ、一体なんだったんだ? 極秘生徒事項って……」