ジャンプ型小説・ブログ集

週刊少年ジャンプみたく3人の著者が小説やブログを更新していきます。

勉強部 第一問 理想に近づくための努力を避け安易な方へ流れることを何という??

「じゃあ、この間の模試を返します」

 朝のHR(ホームルーム)で、二年Ⅲ組の担任、佐々山康子(ささやまやすこ)が生徒に呼びかける。

 生徒が出席番号順にテストを受け取りに行く。

「見せて見せて~」

「え~やだよ。お前が見せてくれたらいいよ」

「ムリムリムリ! 今回やばかったから」

「そう言いながら絶対いいだろ。俺の方が絶対ひどいわ」

「じゃあ、せーので見せ合おうぜ」

 テストを受け取った生徒たちが群れながら騒ぎ立てる。

 皇清明(すめらぎせいめい)は一人静かに席に佇んでいた。

   ──なぜ、友達同士でわざわざテストの点数を確認するのか?

  そこに何の意味があるのか。自分の点数が上がるわけではないのに。

 単に他人の成績を見たいだけのか。

 あるいは周りのやつの成績を見て、自分がこのクラスでどれくらいの位置にいるのか知りたいのか。そして、それに対する優越感や焦燥感を持ちたいのか。

 だとしたら無意味だと言わざるを得ない。

 何か特別な目的があるのならば話は別だ。しかし、単に他の者の成績を見たところで人生には何のプラスにもならない。

 クラス内の自分の位置を知ってどうなる。受験とはあくまで全国──さらに言えば自分の志望校を受験する生徒たちとの戦いだ。

 たとえクラス内で上位にいて優越感・安心感を持ったとしても、志望校の判定が悪ければ意味がない。

「数学死んだわ」

「いや、俺の英語の方がやばいけん」

 ──なぜ自分の成績が悪かった科目を教えるのか?

 成績が悪いのを自慢してどうなる。

 そんなことしてる場合ではないはずだ。

 何かしら目立ちたいのだろうが、それは恥ずべき行為だと認識するべきだ。それがわからないから成績が悪いのだろうが。

「えっお前すごくね? 第一志望B判定じゃん」

「たまたまよ」

 ──成績を褒められたときの謙遜は果たして必要なのか?

 謙遜とは自分の能力はもっと下だと見なす行為であり、自分の実力を低く見積もることもやはり勉強においては不要だ。勉強はあくまで自分の成績をありのままに知ることが重要であり主観が入り込んではいけない。

 もちろん成績が良いと褒められ、「だろー?」と返事をすることは、「なにこいつ調子のってんの」と思われるかもしれない。だからといって、「そんなに良くないよ」と返事をするのも失礼ではないのか。

 ただ、「ありがとう」と喜べばいいのではないのか。

「皇くんはどうだった?」

 クラスメイトの女の子が皇の成績表を覗き込む。

 普段は全く話しかけてこない奴が、こういうときだけ話しかけてくる。

 皇は自分の成績表を隠さず机の上に出していた。それは彼の成績が良かったからではなく、成績を見られても何とも思わない彼の流儀に起因する。

「皆ちょっと来てみて!」

 成績表を見た生徒がクラスメイトたちに呼びかける。

 その生徒が驚くのも無理はない。

 皇の成績表には「第一志望 東京大学 理科一類 A判定」の文字があったからだ。

「やばっ! 東大A判とか」

「ぶち頭いいじゃん」

「流石や」

 彼の成績表を見た生徒たちが騒ぎ始める。

 皇は呆れて、周りの生徒が気付かないくらいの小さなため息をつく。 

 ──どうして他人の成績が気になるのか?

 そんなに東大A判を見たいものなのか。

 だから言ってやった。

「こんな簡単なテストでA判だしてどうなる」

 その瞬間、皇の周りの生徒たちが凍りつく。

 皇はかまわず続ける。

「センター模試や大学別プレならまだしも、二年生の始めで受けるこんなちょろい模試で点取ってもうれしくねーよ」

 周囲の生徒たちは言葉が見つからず困惑する。

「はいはい静かに席について」

 全員分の成績表を配り終えた佐々山が手を叩きながら生徒たちに促す。

 結局、皇に群がる生徒たちは何も言えず自分の席に戻っていった。

 

   ○

 

「おい、皇(すめらぎ)!」

 朝のHR(ホームルーム)の後、廊下を歩いていたときに皇は声をかけられた。

 声の持ち主は二年Ⅰ組の伊藤(いとう)であった。

「なんだ? どうした?」

 皇は急な呼びかけに不機嫌そうに答える。

「今回の俺の成績全然上がってないんだが」

 伊藤が自らの成績表を皇に差しだす。

「まあ今回は問題も前回より難しかったしな。……なんだ、総合偏差値一上がってんじゃねーか」

「たった一だぞ? お前少なくとも十は上げるって言ったよな?」

「ああ言ったな。卒業するまでにはな」

「ふざけるな!」

 伊藤が声を荒げる。

「こんなの詐欺だ! 俺はてっきり今回の模試で十上げてくれるもんだと思ってたんだぞ」

「俺は『今回の模試』とは一言も言ってない」

「そうかもしれないが話の流れからわかるだろ!」

 皇はため息をつく。

「それはお前の拡大解釈だ。第一、そんな短期間で偏差値が十も上がるわけねーだろ。それくらい考えたらわかるはずだ」

「……それはそうだが、俺はお前の評判を信じたんだ。評判通りなら次の模試までに上げてくれるって。それに金だって払っただろ」

「何を吹き込まれたのか知らねーが、お前少し夢見がち過ぎるぞ。それにこちとら慈善事業じゃねーんだ。報酬もらうのは当たり前だ」

「黙れ、くそっ」

 伊藤は納得のいかない表情をする。

 そこへ皇がたたみかける。

「お前は勉強をなめ過ぎだ。考えが甘いんだよ。あれくらいで成績上がってたら誰も苦労しねーわ」

 図星を言われると、多くの人間は憤りを感じるものだ。そのため人は他人にあまり厳しいことを言わない。

 しかし、皇は歯に着せぬ物言いをする。

「もう許さねー。こうなったら━━」

「こうなったらどうする? 先生にでもチクるのか?」

 伊藤の言葉を男の声が遮る。

 ただし、この声の持ち主は皇ではなかった。

 二年Ⅱ組、廣門源水(ひろかどげんすい)である。

 坊主頭でメガネをかけており、どこか明治・大正期の哲学者を思わせる顔つきをしている。

 この学校の二年生で理系で一番頭がいいのは皇ならば、廣門は文系で一番である。

「……廣門」

「先生にチクったところでどうなるんだ? アイツはどういった理由にせよお前に勉強を教えている。報酬にしたってお前と合意の上でもらっている。どう考えてもお前に分があるとは思えんがな」

 廣門は滞りなく淡々と語る。

「……くそっ!」

 伊藤は返す言葉もなく振り返り、「二度と頼まねー」と言って、去っていった。

「さすが将来の弁護士だ。『毒舌な文系(シャスター)』」

「何の何の。また悪名が広がったみたいだ。『凶悪な理系(マッドサイエンティスト)』」

『毒舌な文系』は廣門、『凶悪な理系』は皇に付けられたあだ名であった。

もちろん二人は普段互いをこのように呼ばない。皮肉めいて呼ぶときにだけこのあだ名を使う。

「かまわねーよ。真に賞美するに値する業績ってのはすぐには理解されねーもんだ。ガリレオにしろメンデルにしろ、ヤツらの業績が認められたのはヤツらの死後だったはずだ」

「そうだな。それに悪名こそが勉強部という節もある」

 二人はほくそ笑む。

 ━━勉強部。文系一位の廣門と理系一位の皇。この二人だけで構成される学校非公認のクラブ。普段は特に何もせず、生徒から依頼があったときにだけ活動する。また、学校非公認のため、部費はでず、依頼主から報酬をもらうことにしている。報酬は決められておらず、依頼主との話し合いの上で決定する。

 勉強部は浮いている。悪い意味で浮いている。孤島の浮島。

 今でも二人廊下でしゃべっていても寄りつく人はいない。彼らに寄りつくことができる者はこの学校でも数えるほどしかいない。

「まあ、悪名のほとんどはお前に原因があるがな」

 廣門は皇を指さして言った。

「はあ? なんでだよ」

「いいか? 俺は仲間内でしか勉強できない奴の悪口は言わない。直接馬鹿にしたりはしない。だがお前は違う。勉強できない奴に対して直接、歯に着せぬ物言いをするではないか」

「知るかよ。本当のことを言ってるまでだろ」

 皇は鼻で笑う。

 この社会はいつもそうだ。本音が言えない。空気を読めとうるさい。

 本当は皆も思っているはずだ。自分の方が賢い。アイツは自分より馬鹿だ。

それを皆は口に出さない。こうして本音を言わないまま一生過ごしていくつもりなのだろうか。

それならば自分の生き方の方が何倍もましだ、と皇は思う。

「これだからお前は。少しは社会に適応することを覚えたらどうかね。『凶悪な理系』君」

「うるせーよ『毒舌な文系』。裏では散々なこと言ってるくせに表では猫かぶりやがって。文系は大変だよなぁ。そうやって媚を売って生きていかねーといけねーもんなぁ」

「その媚売って生きる奴にこき使われているのは誰かなぁ。文系が支配する社会の下で社畜のように研究させられる理系。何とも惨めじゃないか」

「社会の歯車として一生を終えるしかない文系よりはましだな。ってか、文系って大学入って何すんの? 職業訓練? だとしたら大学に行く必要ないし、なんだったら学問としても必要ねーな」

「は? 社会あってこその学問だろ。文系がいなければ社会は回らない。となると理系は当然学問・研究なんかできなくなる。文系あってこその理系だとなぜわからない」

「社会社会言ってるが、理系には農学部がいるということを忘れんな。食いもんがなければ社会もクソもねー」

周りの生徒たちは自分たちとは関係ないといわんばかりに二人から離れている。

 二人はヒートアップしていき、ついにはただの低レベルな罵詈雑言の浴びせ合いになった。

「は? なんやコラ!」

「あ? なんや! やるんか!」

「ああ? お前舐めとんのかコラ!」

「ああん?」

 このように二人が口喧嘩するのは珍しいことではない。一種の定番であり、本人たちは本気ではない。他の生徒もこのことに慣れている。

 しかし、この喧嘩があまりに長引くと、次第に生徒たちは本当に喧嘩しているのではないかと疑い始める。

「もう、また。何してるのあなたたち!」

 結局、二人の騒ぎを聞きつけやってきた皇の担任の佐々山によって喧嘩は終わった。

「皇くんちょっと来なさい」

 同時に、皇は佐々山に連れていかれた。

 

   ○

 

 皇が連れていかれた場所は佐々山のホーム、第一理科準備室であった。

 二人は対面してソファーに腰をかけている。

「止めてくれてサンキュー、ヤスチー」

 皇が友達と接するかのように軽く手を上げる。

「『サンキュー』じゃないでしょ! もう少し大人しくというか、和に溶け込むことはできないの?」

 佐々山は悲しげにため息をつく。

「ははっ、ご冗談を」

「私はこれでもアナタのことを心配してるんです」

「杞憂だね。俺なんか放っといて、もっと困ってる生徒見てあげたらどう?」

「それはちゃんとやっています。やった上であなたのことを心配しているんです。あなたはせっかく頭が良くて賢いんですから。みんなと仲良くしろとは言いません。けど、敵を作らないような行動をとりなさいと言ってるんですよ」

「敵を作らないねぇ。けどさヤスチー、俺はどっちかっていうと独りが好きだし、みんなに気を遣うくらいだったら言いたいこと言って、やりたいことやりたいんだよね。例え嫌われようと」

 皇は淡々という。

 皇は本音でそう言っている。そして佐々山もどこかで皇の言うことに納得している。しかし佐々山は教師という立場上他の生徒にあまりに目につく行動を注意しなければならない。一個人としては皇の自由にさせてあげたい、だが教師としては皇を注意しなければならない。そのジレンマが佐々山をより一層悩ませる。

 佐々山は一つため息を取る。

「わかりました。せめて廣門くんと喧嘩ごっこするのはやめてください。周りの女の子がびくびくしているので」

 今の自分にはできることはこれだけ。佐々山は自分の力不足に少し落ち込む。皇は自分を変えるつもりはなく、佐々山は皇を変えることはできない。「辛抱強く待つ」ということも教師に必要な能力なのかもしれない。

「あんなのじゃれ合いだよ。それに廣門がけしかけてこなかったらあんなのしないよ」

 「どうだか」と佐々山は返す。皇からは明らかに反省の色が見えないが、これ以上は蛇足というものだ。佐々山は皇を解放して教室に戻らせることにした。

 一人残った第一理科準備室で独り言ちた。

「はぁーあ。教師って難しいなぁ。ただ授業をすればいいというわけではないし。なんで私は教師になったんだろう?」

 

answer:現実逃避