ジャンプ型小説・ブログ集

週刊少年ジャンプみたく3人の著者が小説やブログを更新していきます。

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第1章 コウと志乃 Part4

 

 志乃が白神研究所に通うようになってちょうど二週間が経った。志乃はすぐにメンバーたちに溶け込めた。しっかり者の冷花、お調子者のヤス、真面目で頑固なりっくん。性格も趣味もバラバラな彼らから、志乃は考古科学のいろはや仕事のノウハウを学び、充実した毎日を送っていた。

 そんなある日のこと。白神所長以下研究所のメンバーは、半日かかって亥城遺跡の発掘品の解析を終え、会議室で一息ついていた――ある一人の男を除いて。

「そう言えば、コウは? 夕方くらいから姿を見てないような……」

 冷花は誰にともなく尋ねた。ぐったりと椅子にもたれたヤスが投げやりに言った。

「どうせまたサボリじゃね? 所長、コウのヤツ、いつになったら真面目に働く気になるんすか?」

「まぁ、そう言いたくなるのも分かるけど、彼は彼なりに頑張ってるんだ。多少のことは目をつぶってやろうじゃないか」

 白神所長がなだめるようにそう言うと、りっくんが時計をちらりと見やって呟いた。

「しかし、もう七時だ。いくらなんでも帰ってくるのが遅すぎやしないか」

 りっくんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、志乃は待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がった。

「じゃあ、私が探してくるよ。人知れず怪我でもしてたら大ごとだし」

 虚西コウ――志乃はこの二週間、彼とだけはうまく接することができないでいた。こちらから話しかけてもそっけないし、コウはしょっちゅう一人でぼんやりしていて、何を考えているのか分からないところがあった。

 これは距離を縮めるいいチャンスだ。そう思って駆け出そうとする志乃を、白神所長が呼び止めた。

「それはありがたいけど、探すアテはあるのかい?」

「うーん、ぶっちゃけないです!」

 志乃のよどみない返答に、白神所長は苦笑いをする。

「裏の林を抜けた先にある、ネコヤナギの木のあたりを探しておいで。あそこは彼のお気に入りの場所だから、もしかしたらそこにいるかもしれない」

 はい、と言って志乃はどたどたと慌しく研究所を出て行った。

 数分後、パァーンという乾いた音が立て続けに窓の外から聞こえてきた。白神所長たちが窓の外を覗くと、色鮮やかな花火が夜空を埋め尽くしていた。

冷花は嬉しそうな表情で提案した。

「そうだ! 今日って第二地区のお祭じゃん。ねぇ、みんなで行こうよお祭! コウを探しがてらにさ!」

 志乃は林を抜けて、あたりを隈なく探していたが、コウどころか人っ子一人見当たらない。落胆していると、携帯情報端末フレキシブルフォンが点灯した。冷花からの連絡だ。志乃はボタンを押して、音声メッセージを再生する。

《志乃~。突然なんだけど、お祭行かないかってことになって、今みんなで出かける準備してまーす。志乃もコウなんかほっといて、戻って準備しない?》

 行事やイベントが大好きな志乃は、みんなとお祭に行くことを考えただけで心が躍った。でも、自分からコウを探すと言って飛び出した以上、もう少しねばってみようとも思った。志乃はそのことを冷花に連絡すると、再び駆け出した。

 土手の急な斜面を這うようにして登ると、大きな川に面した河原に出た。川は志乃の視界を横切って、蛇行しながら長々と伸びている。

 花火が打ち上げられるたびに、黒い川面に七色の光が躍った。志乃がその光景に見惚れていた、そのとき。右手から、威嚇しあう猫の鳴き声が聞こえてきた。

 見ると、二匹の猫は鋭い爪で引っかき合っていた。かなり激しい喧嘩だ。このままでは二匹とも大怪我を負いそうだった。心配になった志乃が駆け寄ろうとした瞬間、突然、河原からコウがぬっと姿を現し、右手で猫をつかんだ。  

 そのあとの光景を見た志乃の心臓は大きく跳ね上がった。つかまれた猫はまばゆく光ったかと思うと、地面にばったり倒れたのだ。コウはぶつぶつ言いながら、二匹の猫を別々の方向に放り投げた。

「花火に見向きもしないで喧嘩するなんて、風情もくそもねぇ猫たちだな」

「コウくん……?」

 志乃の声に気付いたコウは、ハッと志乃のほうを振り向いた。志乃は尋ねる。

「今の、何したの……?」

「何でもねぇよ」コウは目をそらして言った。

「お前には関係ねぇだろ。いちおう言っとくと、猫、死んじゃいねぇから安心しな」

 志乃がコウを見つめて突っ立っていると、コウは気まずそうに言った。

「お前も見たらどうだ、花火」

「え? あ、そうだね!」

 志乃は明るく言ってコウの隣に腰を下ろすと、真っ先に思い浮かんだことを喋った。

「おなかへったなぁ……」

「飯、まだ食ってねぇのかよ」

「んだってんだよ、その言い方? マジありえなくね? おめーを探しに来たから食べてねぇんじゃん?」

 志乃はにっと笑った。

「どう? 似てた? 今の、ヤスのマネ」

「ああ、似てる似てる」

「んもー、答え方テキトーすぎ」

 志乃がそう言ったあと、巨大な花火が立て続けに打ち上げられ、まばゆい閃光が空を覆い尽くした。志乃は、気になっていたことをコウに尋ねてみた。

「あのさ、コウくんは一人でいるのが好きなの?」

「……」

「今日みたいに仕事をサボるのも、面倒くさいからっていうのは言い訳で、実は一人になりたがってるんじゃないのかなー、って……」

 花火を見上げていたコウの視線が、段々と足もとに落ちていく。志乃は手足をばたばたさせて慌てた。

「あ、いや、もし気に障ることを言っちゃったならごめん。でも、何かいつもそういうふうに見えて。ほかのみんなも、そう思ってるから面と向かって仕事サボるな、って言いにくいのかなー、って」

「研究所に入ってたった二週間なのに、色々と詳しいんだな」

 コウはそう言って、志乃をちらりと見やった。志乃は花火の音に負けないように声を張り上げた。

「分かるよ! なんとなくだけど、見たら分かる。私、コウくんとも仲良くなりたくて――」

「分かるって何だよ。何が分かるんだよ。そうやって、簡単に人間関係を掌握した気になんじゃねぇよ」

「え……」

「てめぇと俺は別の人間だ。てめぇがたった二週間で蓄えた情報で、俺を分析しきった気になんなよ。簡単に人のことを分かるなんて口にすんじゃねぇ。もっと分かりづらいもんだろうがよ、俺もてめぇも」

 コウは何かを吐き出すように一気にまくしたてると、黙りこくった。

 急に、秋の夜の寒さが志乃の身に沁みてきた。厚手の上着を一枚、羽織ってくればよかったと志乃は思った。

「わりぃ、言い過ぎたよ。ごめん」

 突然、コウが詫びた。

「帰るか。寒くなってきたし」

「ぬぁー、もうだめだ! おなかすいた!」

 志乃は何かに弾かれたように立ち上がった。

「お祭いこっか、コウくん」

「え?」

「屋台を見て回ろうよ。私、久しぶりに屋台の焼きそば食べたい気分!」

 志乃はコウの二の腕をつかんでむりやり立たせた。二人は橋を渡った先にある屋台を目指して歩き出した。

 屋台が軒先連ねる通りは案の定、人でごった返していた。志乃はあまりの空腹で、ヨダレを垂らさんばかりに屋台の食べ物を眺めていると、不意に通行人に激突され、志乃はコウの胸に飛び込んでしまった。

「あ、ごめん!」

 志乃が慌てて身を離そうとしした、そのとき。

「おいおい、そこのお二人さん。なーにいちゃついてんだ?」

 ヤスのはやし立てる声が聞こえた。見ると、白神所長、ヤス、りっくん、そして浴衣姿の冷花が、志乃とコウをまじまじと見つめていた。各々りんご飴や焼きイカを手にして、すでにお祭を満喫しているようだ。白神所長たちは人ごみを掻き分け掻き分け、二人に近づいてきた。

「僕らをほっぽって二人でデートとはなかなかやるねぇ、いひひひ」

 お酒をひっかけてきたらしく、真っ赤な顔の白神所長がにやけながら言った。

「勘違いですよっ。デートなんかしてないってば!」

 志乃のあわてふためいた釈明に、冷花も疑いの眼差しを向ける。

「怪しいよねぇ……。私が誘ったら断ったのに、どうしてコウと二人で来てるのかなぁ……?」

「ちょっと、冷花までやめてよ。それより冷花、似合ってるね、浴衣」

 志乃はここぞとばかりに話題を変えて、冷花の浴衣の袖をすりすり撫でさすった。冷花はにっこり微笑んだ。

「ありがとう。わざわざいったん家に帰って着てきた甲斐があったかな?」

「あるよあるよ、超あるよ! ナース服と浴衣は女の魅力が三割増しだって、ウチのお父さんが言ってたよ」

 志乃は話題を変えられたことに安堵して、的外れなことをべらべら喋った。冷花はコウをちらっと見やって訊いた。

「で? コウはどう思う?」

「何が?」

「何がって、あんた会話聞いてなかったの? だから、その、浴衣のことよ」

「ん、ああ。似合ってるよ。ナース服と浴衣は女の魅力は三割増しだって、今どっかで聞いたような」

「それ、私が今言ったんだよ。コウくん、やっぱり話聞いてないね」

 志乃が呆れたように言った。冷花もツン、とそっぽを向いて、白神所長の腕を引っ張った。

「所長、あんなバカはほっといて、あそこの金魚すくいでもやりましょうよ」

「そらきた。僕ぁ若い頃からこういうことにかけちゃ腕が立つんだ。屋台十種競技なんてのがあったらだね、間違いなく優勝候補ですよ僕ぁ。いひひ」

 白神所長は腕まくりをしてやる気満々だ。しゃくれ顎の屋台主がふらふら近づいてくる白神所長を煽り立てた。

「よっ、そこの大将。ずいぶん景気が良さそうじゃねぇの。一回三百円で金魚釣り放題、やっていくだろ?」

「当然だよ。しこたま釣って早々に店じまいにしてあげようじゃないか。おい、ヤスくんとりっくんも来るんだ。誰が一番多く釣れるかやろうじゃないか!」

「おっしゃ! この一世一代の大勝負、誰にも勝ちは譲らねぇからな!」

 ヤスが威勢よく叫んで、しゃくれ顎の屋台主から器具を受け取った。りっくんも静かに闘志を燃やしている。

「ふふん……普段の修行の成果を見せてやろう」

 なんだか言っていることはえらく一丁前なので、そのあたりにいた客が物珍しげに集まり出した。しゃくれ顎は商売、商売と呟きながら大声を張り上げる。

「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、金魚を賭けた大勝負、どなたが勝つかとくとご覧じろ!」

 冷花は白神所長の隣で真っ赤になって小さくなっていた。

「なんでこんな大袈裟な感じになってるのよぅ……」

 一方、焼きソバを十箱も買いこんできた志乃は、コウと一緒に遠巻きの見物だ。

「やっぱりファニーな人だね、ヤスもりっくんも」

「俺にはお前の食欲も相当ファニーに思えるけどな」

 コウは、焼きソバをちゅるちゅるやりだした志乃を呆れ顔で眺めた。

 さて、金魚すくい対決の方はというと、観客たちもがっかりの大凡戦に終わった。

 ヤスは開始十秒で紙に大穴が開き、癇癪を起してリタイア。その五秒後にりっくんの器具もダメになるも、「まだだ……まだ終わってはいない……」とぶつぶつ呟きながら必死の形相でプレーを続行。最後まで残っていたのは白神所長だったが、一匹も釣れないまま器具をダメにした。

「ちくしょー、こんなちまちまやってられないね! 今度はつかみどりで勝負だよ!」

 白神所長は怒鳴って水槽に手をつっこもうとした瞬間、酔いが回ってよろめき、身体ごと水槽に突っ込んでしまった。

「所長、バカッ……」

 冷花が慌てて救い出そうとする後ろで、野次馬が好き勝手に騒いでいる。

「あのおっさん身体はってんなぁ」「金魚が死んじまうぞー」「おい、今度は姉ちゃんがおっさんを釣り上げる番だぜ!」「姉ちゃん、可愛い顔してこんなジジイのお守りとは大変だねぇ」「姉ちゃん、そんなおっさんほっといて俺と遊ぼうよ」「姉ちゃん……。ウへへ」

 しゃくれ顎は水槽に浮いた白神所長を見下ろし、困ったように顎を掻いた。

「おいおい、これじゃ商売上がったりだよ。お姉さん、こちらの大将あんたの連れだろ? 何とかしてくれや」

 しかし、冷花は聞いていなかった。冷花はゆらりと立ち上がると、野次馬に向かって耳をつんざくような大声で吼えた。

「さっきからやかましいのよ、クソ野郎ども! これ以上好き勝手なこと言ってたらぶっとばすわよ!」

 野次馬たちは、冷花から放たれる凄まじい殺気に怖れをなして、小鹿のように逃げていった。志乃は焼きソバをすすりながら頷いた。

「なるほどー、あれが白神研究所の名物『黒い冷花』ってやつだね」

「そういうこった。あれが黒條の黒條たる所以だ」

 コウがささやき返すと、冷花の鋭い眼光が二人を捉えた。コウが身震いして俯く。

「やべ、聞こえてた」

「あんたたちも余計なこと言ってる暇があったら、所長の介抱を手伝ってよね。……ちょっと、そこの野次馬ども!」

 冷花は逃げようとしていた野次馬の残党を目ざとく呼び止めた。野次馬たちはびくっと肩を震わせて訊いた。

「へぇ、なんでしょう?」

「どうせどっか行くなら、近くの薬局で気つけ薬買ってきてくれる? 超特急でお・ね・が・い」

「へ、へい、承知しました……」

 野次馬たちは半べそをかきながらどたどたと走り去っていった。

 その後、白神所長の酔いを醒まし、金魚屋に謝罪をしたあとで、一行はいたって普通にお祭を楽しんだ。射的に輪投げ、くじ引きに占い。いくら科学技術が生き方や町並みを変えようとも、しぶとく残り続ける遊びの数々を、みな子供のように楽しんだ。

 やがて、すっかり普段の紳士調に戻った白神所長が、腕時計を覗き込んで言った。

「これで一通り堪能したかな。もう十一時だ。今夜はもう遅いし、みんな研究所に泊っていったらどうだい?」

「賛成!」

 お泊りとか修学旅行の夜とかのテンションが大好きな志乃が、真っ先にぴょこんと手を挙げた。コウを含めた全員が頷き、一行は研究所へと戻った。

 誰もが昼間の仕事とお祭とで疲れきっているはずなのに、一時を過ぎても二時を過ぎてもみんな会議室に残って眠ろうとしなかった。白神所長とりっくんはお酒を交えて陽気に語り合い、志乃と冷花のひそやかなガールズトークにヤスが茶々を入れては怒られていた。

 コウは、部屋の入口に近い椅子に腰掛けてそんな光景を眺めていた。誰かに話しかけられればそれに答えはしたが、自分から会話に加わろうとはしなかった。

 コウの頭の中ではさっき、自分が遮ってしまった志乃の言葉がとぐろを巻いていた。

『私、コウくんとも仲良くなりたくて』

 そんなストレートの言葉を投げてくる綾崎志乃という存在が、コウには新鮮だった。新鮮なだけあってけむたくもあり、こそばゆくも感じられた。

 コウは、大口開けて笑っている志乃を見つめて不思議に思った。志乃は、誰かと理解しあえるのが当たり前だと思っている。そのことを志乃は信じて疑わない。コウと理解しあえることも、そう信じて疑わない自分のことさえも。

 不意に、志乃がコウの視線に気付いて顔をコウのほうに向けた。

「何、コウくん? 今、私のほう見てなかった?」

「こっそり聞き耳でも立ててたの? だとしたら悪趣味よ」

 冷花は浴衣の件をまだ根に持っているのか、口調がどこかつっけんどんだ。

 コウは首を振って立ち上がり、ドアに手をかけた。

「いや……。とにかく、綾崎、今日は悪かったな。ついカッとなっちまって」

「いいけど……どこに行くの?」

 志乃はコウを見上げて尋ねた。コウはぶっきらぼうに答えた。

「ちょっと散歩だ」

 

☆ 長生きしたいなら激しい運動はあまりしないほうがいい。過度な運動・筋トレは寿命を縮める。その点、散歩はすごく健康にいいらしい。哲学者のカントなどはよく散歩をしていたらしい。