ジャンプ型小説・ブログ集

週刊少年ジャンプみたく3人の著者が小説やブログを更新していきます。

勉強部 第一問 理想に近づくための努力を避け安易な方へ流れることを何という??

「じゃあ、この間の模試を返します」

 朝のHR(ホームルーム)で、二年Ⅲ組の担任、佐々山康子(ささやまやすこ)が生徒に呼びかける。

 生徒が出席番号順にテストを受け取りに行く。

「見せて見せて~」

「え~やだよ。お前が見せてくれたらいいよ」

「ムリムリムリ! 今回やばかったから」

「そう言いながら絶対いいだろ。俺の方が絶対ひどいわ」

「じゃあ、せーので見せ合おうぜ」

 テストを受け取った生徒たちが群れながら騒ぎ立てる。

 皇清明(すめらぎせいめい)は一人静かに席に佇んでいた。

   ──なぜ、友達同士でわざわざテストの点数を確認するのか?

  そこに何の意味があるのか。自分の点数が上がるわけではないのに。

 単に他人の成績を見たいだけのか。

 あるいは周りのやつの成績を見て、自分がこのクラスでどれくらいの位置にいるのか知りたいのか。そして、それに対する優越感や焦燥感を持ちたいのか。

 だとしたら無意味だと言わざるを得ない。

 何か特別な目的があるのならば話は別だ。しかし、単に他の者の成績を見たところで人生には何のプラスにもならない。

 クラス内の自分の位置を知ってどうなる。受験とはあくまで全国──さらに言えば自分の志望校を受験する生徒たちとの戦いだ。

 たとえクラス内で上位にいて優越感・安心感を持ったとしても、志望校の判定が悪ければ意味がない。

「数学死んだわ」

「いや、俺の英語の方がやばいけん」

 ──なぜ自分の成績が悪かった科目を教えるのか?

 成績が悪いのを自慢してどうなる。

 そんなことしてる場合ではないはずだ。

 何かしら目立ちたいのだろうが、それは恥ずべき行為だと認識するべきだ。それがわからないから成績が悪いのだろうが。

「えっお前すごくね? 第一志望B判定じゃん」

「たまたまよ」

 ──成績を褒められたときの謙遜は果たして必要なのか?

 謙遜とは自分の能力はもっと下だと見なす行為であり、自分の実力を低く見積もることもやはり勉強においては不要だ。勉強はあくまで自分の成績をありのままに知ることが重要であり主観が入り込んではいけない。

 もちろん成績が良いと褒められ、「だろー?」と返事をすることは、「なにこいつ調子のってんの」と思われるかもしれない。だからといって、「そんなに良くないよ」と返事をするのも失礼ではないのか。

 ただ、「ありがとう」と喜べばいいのではないのか。

「皇くんはどうだった?」

 クラスメイトの女の子が皇の成績表を覗き込む。

 普段は全く話しかけてこない奴が、こういうときだけ話しかけてくる。

 皇は自分の成績表を隠さず机の上に出していた。それは彼の成績が良かったからではなく、成績を見られても何とも思わない彼の流儀に起因する。

「皆ちょっと来てみて!」

 成績表を見た生徒がクラスメイトたちに呼びかける。

 その生徒が驚くのも無理はない。

 皇の成績表には「第一志望 東京大学 理科一類 A判定」の文字があったからだ。

「やばっ! 東大A判とか」

「ぶち頭いいじゃん」

「流石や」

 彼の成績表を見た生徒たちが騒ぎ始める。

 皇は呆れて、周りの生徒が気付かないくらいの小さなため息をつく。 

 ──どうして他人の成績が気になるのか?

 そんなに東大A判を見たいものなのか。

 だから言ってやった。

「こんな簡単なテストでA判だしてどうなる」

 その瞬間、皇の周りの生徒たちが凍りつく。

 皇はかまわず続ける。

「センター模試や大学別プレならまだしも、二年生の始めで受けるこんなちょろい模試で点取ってもうれしくねーよ」

 周囲の生徒たちは言葉が見つからず困惑する。

「はいはい静かに席について」

 全員分の成績表を配り終えた佐々山が手を叩きながら生徒たちに促す。

 結局、皇に群がる生徒たちは何も言えず自分の席に戻っていった。

 

   ○

 

「おい、皇(すめらぎ)!」

 朝のHR(ホームルーム)の後、廊下を歩いていたときに皇は声をかけられた。

 声の持ち主は二年Ⅰ組の伊藤(いとう)であった。

「なんだ? どうした?」

 皇は急な呼びかけに不機嫌そうに答える。

「今回の俺の成績全然上がってないんだが」

 伊藤が自らの成績表を皇に差しだす。

「まあ今回は問題も前回より難しかったしな。……なんだ、総合偏差値一上がってんじゃねーか」

「たった一だぞ? お前少なくとも十は上げるって言ったよな?」

「ああ言ったな。卒業するまでにはな」

「ふざけるな!」

 伊藤が声を荒げる。

「こんなの詐欺だ! 俺はてっきり今回の模試で十上げてくれるもんだと思ってたんだぞ」

「俺は『今回の模試』とは一言も言ってない」

「そうかもしれないが話の流れからわかるだろ!」

 皇はため息をつく。

「それはお前の拡大解釈だ。第一、そんな短期間で偏差値が十も上がるわけねーだろ。それくらい考えたらわかるはずだ」

「……それはそうだが、俺はお前の評判を信じたんだ。評判通りなら次の模試までに上げてくれるって。それに金だって払っただろ」

「何を吹き込まれたのか知らねーが、お前少し夢見がち過ぎるぞ。それにこちとら慈善事業じゃねーんだ。報酬もらうのは当たり前だ」

「黙れ、くそっ」

 伊藤は納得のいかない表情をする。

 そこへ皇がたたみかける。

「お前は勉強をなめ過ぎだ。考えが甘いんだよ。あれくらいで成績上がってたら誰も苦労しねーわ」

 図星を言われると、多くの人間は憤りを感じるものだ。そのため人は他人にあまり厳しいことを言わない。

 しかし、皇は歯に着せぬ物言いをする。

「もう許さねー。こうなったら━━」

「こうなったらどうする? 先生にでもチクるのか?」

 伊藤の言葉を男の声が遮る。

 ただし、この声の持ち主は皇ではなかった。

 二年Ⅱ組、廣門源水(ひろかどげんすい)である。

 坊主頭でメガネをかけており、どこか明治・大正期の哲学者を思わせる顔つきをしている。

 この学校の二年生で理系で一番頭がいいのは皇ならば、廣門は文系で一番である。

「……廣門」

「先生にチクったところでどうなるんだ? アイツはどういった理由にせよお前に勉強を教えている。報酬にしたってお前と合意の上でもらっている。どう考えてもお前に分があるとは思えんがな」

 廣門は滞りなく淡々と語る。

「……くそっ!」

 伊藤は返す言葉もなく振り返り、「二度と頼まねー」と言って、去っていった。

「さすが将来の弁護士だ。『毒舌な文系(シャスター)』」

「何の何の。また悪名が広がったみたいだ。『凶悪な理系(マッドサイエンティスト)』」

『毒舌な文系』は廣門、『凶悪な理系』は皇に付けられたあだ名であった。

もちろん二人は普段互いをこのように呼ばない。皮肉めいて呼ぶときにだけこのあだ名を使う。

「かまわねーよ。真に賞美するに値する業績ってのはすぐには理解されねーもんだ。ガリレオにしろメンデルにしろ、ヤツらの業績が認められたのはヤツらの死後だったはずだ」

「そうだな。それに悪名こそが勉強部という節もある」

 二人はほくそ笑む。

 ━━勉強部。文系一位の廣門と理系一位の皇。この二人だけで構成される学校非公認のクラブ。普段は特に何もせず、生徒から依頼があったときにだけ活動する。また、学校非公認のため、部費はでず、依頼主から報酬をもらうことにしている。報酬は決められておらず、依頼主との話し合いの上で決定する。

 勉強部は浮いている。悪い意味で浮いている。孤島の浮島。

 今でも二人廊下でしゃべっていても寄りつく人はいない。彼らに寄りつくことができる者はこの学校でも数えるほどしかいない。

「まあ、悪名のほとんどはお前に原因があるがな」

 廣門は皇を指さして言った。

「はあ? なんでだよ」

「いいか? 俺は仲間内でしか勉強できない奴の悪口は言わない。直接馬鹿にしたりはしない。だがお前は違う。勉強できない奴に対して直接、歯に着せぬ物言いをするではないか」

「知るかよ。本当のことを言ってるまでだろ」

 皇は鼻で笑う。

 この社会はいつもそうだ。本音が言えない。空気を読めとうるさい。

 本当は皆も思っているはずだ。自分の方が賢い。アイツは自分より馬鹿だ。

それを皆は口に出さない。こうして本音を言わないまま一生過ごしていくつもりなのだろうか。

それならば自分の生き方の方が何倍もましだ、と皇は思う。

「これだからお前は。少しは社会に適応することを覚えたらどうかね。『凶悪な理系』君」

「うるせーよ『毒舌な文系』。裏では散々なこと言ってるくせに表では猫かぶりやがって。文系は大変だよなぁ。そうやって媚を売って生きていかねーといけねーもんなぁ」

「その媚売って生きる奴にこき使われているのは誰かなぁ。文系が支配する社会の下で社畜のように研究させられる理系。何とも惨めじゃないか」

「社会の歯車として一生を終えるしかない文系よりはましだな。ってか、文系って大学入って何すんの? 職業訓練? だとしたら大学に行く必要ないし、なんだったら学問としても必要ねーな」

「は? 社会あってこその学問だろ。文系がいなければ社会は回らない。となると理系は当然学問・研究なんかできなくなる。文系あってこその理系だとなぜわからない」

「社会社会言ってるが、理系には農学部がいるということを忘れんな。食いもんがなければ社会もクソもねー」

周りの生徒たちは自分たちとは関係ないといわんばかりに二人から離れている。

 二人はヒートアップしていき、ついにはただの低レベルな罵詈雑言の浴びせ合いになった。

「は? なんやコラ!」

「あ? なんや! やるんか!」

「ああ? お前舐めとんのかコラ!」

「ああん?」

 このように二人が口喧嘩するのは珍しいことではない。一種の定番であり、本人たちは本気ではない。他の生徒もこのことに慣れている。

 しかし、この喧嘩があまりに長引くと、次第に生徒たちは本当に喧嘩しているのではないかと疑い始める。

「もう、また。何してるのあなたたち!」

 結局、二人の騒ぎを聞きつけやってきた皇の担任の佐々山によって喧嘩は終わった。

「皇くんちょっと来なさい」

 同時に、皇は佐々山に連れていかれた。

 

   ○

 

 皇が連れていかれた場所は佐々山のホーム、第一理科準備室であった。

 二人は対面してソファーに腰をかけている。

「止めてくれてサンキュー、ヤスチー」

 皇が友達と接するかのように軽く手を上げる。

「『サンキュー』じゃないでしょ! もう少し大人しくというか、和に溶け込むことはできないの?」

 佐々山は悲しげにため息をつく。

「ははっ、ご冗談を」

「私はこれでもアナタのことを心配してるんです」

「杞憂だね。俺なんか放っといて、もっと困ってる生徒見てあげたらどう?」

「それはちゃんとやっています。やった上であなたのことを心配しているんです。あなたはせっかく頭が良くて賢いんですから。みんなと仲良くしろとは言いません。けど、敵を作らないような行動をとりなさいと言ってるんですよ」

「敵を作らないねぇ。けどさヤスチー、俺はどっちかっていうと独りが好きだし、みんなに気を遣うくらいだったら言いたいこと言って、やりたいことやりたいんだよね。例え嫌われようと」

 皇は淡々という。

 皇は本音でそう言っている。そして佐々山もどこかで皇の言うことに納得している。しかし佐々山は教師という立場上他の生徒にあまりに目につく行動を注意しなければならない。一個人としては皇の自由にさせてあげたい、だが教師としては皇を注意しなければならない。そのジレンマが佐々山をより一層悩ませる。

 佐々山は一つため息を取る。

「わかりました。せめて廣門くんと喧嘩ごっこするのはやめてください。周りの女の子がびくびくしているので」

 今の自分にはできることはこれだけ。佐々山は自分の力不足に少し落ち込む。皇は自分を変えるつもりはなく、佐々山は皇を変えることはできない。「辛抱強く待つ」ということも教師に必要な能力なのかもしれない。

「あんなのじゃれ合いだよ。それに廣門がけしかけてこなかったらあんなのしないよ」

 「どうだか」と佐々山は返す。皇からは明らかに反省の色が見えないが、これ以上は蛇足というものだ。佐々山は皇を解放して教室に戻らせることにした。

 一人残った第一理科準備室で独り言ちた。

「はぁーあ。教師って難しいなぁ。ただ授業をすればいいというわけではないし。なんで私は教師になったんだろう?」

 

answer:現実逃避

 

 

 

【小説】勉強部(いがもっち)

☆いがもっちです。新連載の脚本型小説「勉強部」を始めます。この物語は僕の兄貴が実際に高校時代にごっこ遊びで作っていた「勉強部」がモデルになっています。学園青春物語です。

 

あらすじ

清明(すめらぎせいめい)は県内の国立・皆実大学附属高校に通う高校生。勉強第一主義者で同級生の廣門源水(ひろかどげんすい)とともにつくった勉強部で勉強の真髄を極め、夢ばかり語り現実を見ない夢見心地な学生たちを容赦無く斬り捨てる。夢だけ大きく努力しないやつが最も嫌いである。理系科目が苦手な大人しい女子、千賀峰咲からの依頼。一匹狼の女子、飛鳥井との出会い、真面目な優等生学級委員長の西園寺との勉強対決。行事嫌いの皇の文化祭での行動、そして体育祭ーー。一風変わった青春物語をご賞味あれ。

 

主人公

清明 皆実大学附属高校二年Ⅲ組。

好きな食べ物 カツ丼

趣味 読書、勉強全般(とりわけ物理と数学)

好きな言葉 「天才とは1%の努力と99%の才能である」

10月12日生まれ。16歳。

 

 

ロストテクノロジーは誰のために 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part5

☆ 紅叉と月砂の小競り合いから一夜明けた、白神考古科学研究所。東都の隅にひっそりと佇むこの研究所も、世の不穏な動きに反応せざるを得なかった。

 

 白神所長は朝刊を読み終えると、日当たりの良い窓際で至福の二度寝タイムに突入寸前の、虚西コウをつっついた。

「コウ、君も少しは新聞でも読んで世の中のことを勉強しなきゃダメじゃないか」

「紅叉と月砂の一件っしょ? それならネットニュースでとっくに知ってますよ。あの事件のせいで、昨晩のネット上がどれだけ荒れたと思ってんですか」

 虚西コウは、白神所長が差し出した朝刊には目もくれず、大きな欠伸を一発かました。白神所長は、分かってないねぇ、とつぶやいた。

「資料として日々、蓄積されていくものを読み続けることがどれだけ大切かってことを、今の若い人は知らないんだよねぇ」

「へいへい、年寄りのお節介は聞き飽きましたよ」

 再び眠りの体勢に入ろうとするコウを、白神所長は改まって真剣な口調で呼んだ。

「紅叉にしろ月砂にしろ、目的はオーパーツの入手だっていうのは君も知ってるよね。僕らの研究所も、いずれオーパーツのありかを突き止めたいと思っているけど、それまで君は……」

「目立つ行動は禁物、ってんでしょ。それももう腐るほど聞いたから分かってるって。それより、所長、綾崎の指導しなくていいんすか。あいつの霊気力、まあ、けっこういい線いってるんじゃないっすか」

「それは僕も同意だよ。ただ、今回の指導はあの子らに任せてみようと思ってね。新しい後輩ができて、やる気みたいだからさ」

 白神所長は立ち上がると、庭で霊気力の「特訓」を志乃に教授するヤス、りっくん、冷花を窓から眺めながら考えた。

 ――コウ、君こそちゃんと分かっているのかな。君がどれほどこの時代にとって危うい存在かってことを……。

 

「しょぢょ~。聞いてぐだざいよ~」

昼食の席についた志乃はぐったりとテーブルに突っ伏して、キッチンから肉料理を運んでくる白神所長に愚痴をこぼした。

「霊気力むずかしすぎですよー。もうぜんっぜんうまくいかないんですけど」

 志乃が話すところによると、木や土、林の向こう側の滝、岩山などをめぐって精神を集中させてみたが、何一つ成果が上がらなかったそうだ。

「最初はそんなもんなんじゃねーの」

 と、つぶやきながら、キッチンからピンク色のエプロン姿で現れたコウを見て、志乃と冷花は爆笑した。

「コウくんがエプロンしてるー! 超可愛いんですけどー!」

「何であえてのピンクチョイスなのかしら? もしかしてボケてるの? 突っ込んであげたほうがいいの?」

「っせーな腹黒冷花、アホ崎志乃。余ってるエプロンこれだけなんだよ。悪ぃかよ」

 笑い転げている志乃の目の前にスープをドン、と置きながら、コウは文句をたれた。

「つーか、お前が落ち込んでるからわざわざフォローしてやったってのに、真面目に話す気あんのか、コラ」

「あ、そーだった、そーだった」

 志乃は困った表情で白神所長に話を振った。

「所長はどうやって霊気力をマスターしたんですか? 何かコツとかありました?」

「うーん、何だろうねぇ。霊気力ってのは潜在的な力だから、それをぐいっと引き出してくれるきっかけがあるといいんだけど……」

「そんならよ、白塔行くのとかどうよ?」

 ヤスが提案した。

 そうか、とりっくんが頷く。

「白塔には強い霊気力が秘められていると聞く。あそこに行けば、志乃にとっていい刺激になるかもしれないということか」

「そゆこと」ヤスが頷き返した。

「でもねぇ」白神所長は首肯を渋った。

「白塔の中はほぼ未知数なんだよ。そんな危ないところに君たちを連れて行くわけにはいかないよ」

「とか言ってぇ」冷花が所長の肩をつついた。

「ホントは一番行きたいの所長のくせに。お酒が入るたびに叫んでるじゃないですか。白塔探検は研究者のロマンだ、とかなんとか」

 白神所長は「記憶にございませんなぁ」としらばっくれたが、所員たちから浴びせられる視線の圧力に負け、しぶしぶ首を縦に振った。

「じゃあ、ちょっとだけ覗いてみるってことで。来週、仕事が休みの日に出かけてみようか。ただし、危険だと僕が判断した時点で探索は中止だからね」

 歓声を上げて手を叩きあうヤス、りっくん、冷花。片やめんどくせ、と呟いてスープを飲み干すコウの横で、志乃はどこかうかない顔でうつむいていた。

 

「白塔だと?」

 薄暗い部屋の中。垂れ幕の向こう側から、凛とした女の声が尋ね返す。

「本当にオーパーツはあの塔にあるというのか、練馬?」

「はい」

 月砂の幹部の一人、練馬京王(ねりまみかど)はひざまずいて女に答えた。

「紅叉に潜らせた間者の情報ですと、紅叉はオーパーツの確保に向けて、来週中には白塔に潜入するとのことですぞ」

「近頃、紅叉も学連警備団も好き勝手ばかりやりおって。しかも、よりによってあの迷宮地獄と噂高い白塔とは、難儀なことよ」

「して、どうされます?」

 練馬京王の問いに、女は毅然とした口調で言った。

「知れたことよ。連中をこれ以上、のさばらせておくわけにはいかぬ。今回は私自ら陣頭指揮を執り、正義の名のもとに奴らに天誅を下してやる」

「さすがはレイシア様、勇敢なお言葉に頭が下がります、ほほっ。しかし昨日の事件で幹部が学連警備団に捕らわれたいま乗り込むのは少々、危険なのでは……?」

「それは紅叉とて同じこと。それとも、この私が紅叉などという烏合の衆に遅れを取るとでも言いたいのか、貴様?」

「い、いえ。滅相もありませんぞ、ほほっ」

 練馬京王は急いで詫びた。女は構わず話を続ける。

「練馬、この件は貴様から相模にも話しておけ。それから、紅叉が白塔に乗り込む日取りもつかんでおけ」

「承知いたしました。ところで――」

「そうだ、相模は。あの男は今どこで何をやっておる?」

「ええ、その件なのですが、また行き先もお告げにならずに出かけてしまわれて……。困ったお方です」

 練馬がおずおずと切り出すと、幕の向こうから大きなため息が聞こえた。

「まったく、我がまま放題の忠犬にも困ったものだ。三時間後、白塔行きに関して緊急会議を開く。それまでに連れ戻して来い」

 女は立ち上がってひとりごちる。

虺竜文(きりゅうもん)……。貴様が東都で暴虐の限りを尽くしていられるのも、あと少しの間だけだ。そう、オーパーツさえ手に入れれば……」

 

☆続いて三章へと移っていきたいと思います。

 

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part4

☆再び公安現る……彼らと学連警備団「騒音」の師崎はどうでる!?

 

「何の用ですか、警察さん?」

 師崎の不信感丸出しの問いかけに、四十がらみの男、前島辰典はあっけらかんと答えた。

「もちろん、観光だ!」

「ばっかばかしい。そんな嘘、だーれが信じますかね?」

 師崎は不愉快そうに鼻を鳴らして、泰然自若と腕組みをしている前島をスルーする。

「うん、嘘だね」

 前島の部下、蒲村姫菜は煙草の煙を吐きながら、さらりと答えた。前島は蒲村を呆然と見つめる。

「ちょっ、ひめ、なんですぐばらしちゃうの! もうちょっとこうなんか、緊迫した駆け引きみたいなさぁ……」

 すると、蒲村は煙草の火のついた部分を前島の頬にぐりぐりと押し付けながら、

「うっとうしんだよ、このダメ親爺! 駆け引きとか苦手のノータリンのくせして無駄に会話パート引き伸ばそうとしやがってコラァ!」

 と、怒鳴った。

「あついあつい! ごめん、悪かった! オジサンが全部わるかった!」

「護、単刀直入に説明してやりなさい」

 蒲村は前島の左側に立っている男、一ノ瀬護に言った。一ノ瀬は鋭い眼光を師崎に向け、話しはじめた。

「あなたがた学連警備団がいちばんよくご存知と思いますが、最近の東都内における紅叉アカシアと月砂レゴリスの過激な行動は目に余るものがあります。研究所の所員を研究に専心させること、さらに、東都にも多く居住されている非戦闘員の方々を守ること。学連警備団がこれらの重要な任務を怠るのならば、我々、警察が東都の治安維持に介入せざるを得ない。今日は、その旨を通達するために参りました」

「言われなくても分かってますって」

 師崎は唇を尖らせて言い返す。

「こういうのは組織のアタマをちょんぎっちまえば話が早いんですがね、紅叉アカシアの虺竜文も、月砂レゴリスのクリス・レイシアも、まるで表に姿を現さないもんで困ってるだけなんですよ。おかげで、あそこでくたばってるザコ連中ばかりを相手に……」

 話の終わるより先に、師崎は地面に尻餅をついていた。彼は、一ノ瀬に拳骨で顔面を殴りつけられて転んだのだと気付くまでに、数秒かかった。

「あんた、急に何しやがる……」

 怒鳴りかけた師崎が目にした一ノ瀬の表情は、何とも形容しがたいものだった。憎悪、悲しみ、怒り、焦燥感。それらの悪感情がどろどろとない交ぜになって、一ノ瀬の目の中でとぐろを巻いていた。しかし、師崎が口をつぐんだ最大の理由は、一ノ瀬の目が自分を見つめながらも、全く何か別の誰かを責め立てているような、そんな測り知れなさを目の当たりにしたせいだった。

「護!」

 蒲村が一ノ瀬の腕を掴んだが、一ノ瀬はそれを無下に振りほどいて、師崎の襟首を引っつかんだ。最初の丁寧で機械的な口調とはかけ離れた、強い怒気をはらんだ言葉が、一ノ瀬の口からほとばしる。

「お前らが後手に回って研究所の連中を野放しにしとけば、また罪のない犠牲が出るだろ……。その時、てめーらは責任取れんのか!? あ!? 答えろよ!」

「護」

 前島が一ノ瀬に声をかけた。一ノ瀬はハッと我に返り、うなだれた。

「護、もうよそう。私情で熱くなり過ぎるな。お前が国家に忠誠を誓った信念を、自ら蔑ろにするようなマネをするな」

 前島の口調は穏やかだった。一ノ瀬は、「すみません」と詫び、師崎に手を貸して立たせた。前島は師崎の肩に手を置く。

「すまん、悪いことをしたな。まあ、なんだ、あいつは色々とあってな。今回のことは大目にみてやってくれ。俺たちは、もう行くから」

 師崎の目の前に、白い布のようなものがすっと差し出された。顔を上げると、差し出し主は蒲村だった。

「なんすか。これ」

「湿布」

 それを聞くと、師崎は持ち前のお調子者のノリを取り戻して、

「それ、お姉さんが貼ってくれるんですか!? 優しーなー」

「追加のビンタなら何発でも張ってやるわよ、このノータリン。てめーで貼れ」

「今どき湿布なんて、レトロですねぇ。ノータリンとか悪口までレトロですし。でも、そんなお姉さん、嫌いじゃないなぁ、なんつって」

 結局、蒲村は師崎に特大のビンタを食らわせて、前島たちのあとを追った。

「いてて」

 師崎はよれないように注意して湿布を頬に貼り付けながら、一ノ瀬の言葉を胸のうちで反芻した。

『「また」罪のない犠牲者が出る……』

 

☆何かしらの過去(ばくだん)を抱えている一ノ瀬。彼の過去には一体何が?

次週明らかになるかもしれないし明らかにならないかもしれない。

 

 

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part3

☆爆発に巻き込まれた千賀峰と宇都宮の生死はいかに!?

 

 みるみるしおれていく植物を踏みつけながら、チョウ・ヤンが植物に呑みこまれかけた壇をベンチから助け起こした。もう数秒、爆発が遅れていたら、壇は猛毒の餌食となっていたかもしれない。

「さすがはアニキ。右手で爆発によって植物を食い止めつつ、秘かに左手で空気中に大量のガスを放出させつづけるなんてね」

「いやしかし、チビ助がいなかったら詰んでいたんじゃあないの。この技は、ガスを氷の密閉空間に封じ込め、圧力を高めた上で爆発させることによって殺傷能力を高めることが鍵……。お前の氷が役に立ったというわけだ」

 壇とチョウ・ヤンは、もうもうとたちこめる煙と灰燼の中を歩いて行く。

「まあこれであの植物女もおじゃんじゃあないの」

 煙がかすれて、次第に視界がはっきりとする。

 壇たちは驚愕した。

 そこには千賀峰の前に立ちはだかった宇都宮の姿があった。

「野郎、爆発の一瞬前に飛び込んで、千賀峰をかばったのか!」

 壇は、膝からくずおれていく宇都宮を見下ろした。服はぼろぼろに裂け、煤で黒ずんだ全身には無数の切り傷が刻まれていた。

「こいつ、爆発と同時に風を起こして爆発の威力を相殺したんだな。じゃなけりゃ、この程度のダメージですむはずがない」

 チョウ・ヤンは歯ぎしりをする。

 しかし、宇都宮は、身体の自由が利かないらしく、立ち上がろうとする意思を顔ににじませながらも、ゆっくりとその上半身は地面に倒れていった。

「どうします、アニキ」

「宇都宮はこのザマだ。千賀峰は爆発の餌食は免れたものの、気を失ってるようじゃあないの。おおかた、霊気力の使いすぎだ。チビ助、とどめを刺せ」

「あいよ」

 コンバットナイフGTFO-Tを頭上に構えたチョウ・ヤンは、ある異変に気がついた。身体が――動かない。

「アニキ……こいつは……一体?」

「ちょっと待て、どうな……」

 そう言い終えないうちに壇は、足もとを滑らせて地面に倒れた。

 ――足元から頭まで痺れて動けねぇ、喋ることすらままならねぇ!

脳筋バカどもには痺れ粉も効かないのかと焦ったよ」

 いつのまにか目を開けていた千賀峰が、腕に満身の力をこめて立ち上がった。

「今になってやっと、効いてきたみたいね」

 ――痺れ粉だと? いつの間にそんなもんを……まさか! 

 壇の脳裏に、数分前のワンシーンがまざまざとフラッシュバックした。

「あん……ときの!」

「そう。タンブル・ウィード。あの西部劇でおなじみの植物には品種改良を施して、痺れ粉を撒き散らす胞子を加えてあったの。そしたら、これがうまく馴染んで、使い物になったってわけ」

 千賀峰はおほんと咳払いを一つして、

「さっき言ったでしょ。あたしの植物をなめるなって」

 そして、宇都宮をちらりと見やって微笑んだ。

「あたしを守ったあんたの姿、なかなかかっこよかったよ……」

 つい出た自身の言葉に恥ずかしくなり千賀峰は顔を赤らめた。

 千賀峰は宇都宮のもとに駆けつけようとする。

 そのときだった。

「あーっ! あーあーあーあ! 一足遅かったか……。また派手にやってくれちゃってもー!」

 癇に障るほどの大音声が響き渡り、千賀峰を縮み上がらせた。

 千賀峰が振り返ると、学連警備団の第三地区隊長・師崎(もろざき)が地団太を踏んでこちらを睨みつけていた。

「この広場の修理代とかどーすんの! 怒られんの僕なんですけど! あーあ、シズちゃんにかっこ悪いところ見られたくないってーのに、もぉー!」

「そんなこと、あたしが知るか。こうなるのを止められなかったあんたが悪い」

 千賀峰は師崎の方をキッとにらんだ後、屈んで宇都宮の首筋に手を当て脈をはかる。

 ――とりあえず、命に別状はないみたいね。でも、早く脇腹を止血しないと……。

 師崎は食い下がって叫ぶ。

「だいたいね、東都が自治権を認められているのは、これまでの平穏無事の実績あってこそなんだよ? だから、こういう事態が度々起こると――」

「俺たちが東都の治安に介入せざるを得なくなる……かな?」

 突然、会話に割り込んできたのは、四十がらみの体格のいい男だった。両脇に男と女を一人ずつ従えている。

「あんたら誰?」

「俺たちか? 俺たちはな」そう言って四十代の男は懐から何かを取り出しそれを師崎に向かって突き出した。「こういうもんだ」

 師崎は男を見据えて素っ頓狂な声を上げた。男が差し出したのは警察手帳だった。

 

「警察が、どうして東都ここに……?」 

 

☆駆けつけた警察。東都の治安を守る学連警備団とは仲の悪さが伺えるが……?

 

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part2

 

☆この回では前回、会話の中で登場した「紅叉(アカシア)」と「月砂(レゴリス)」の幹部クラスの戦いです。東都研究都市における二大武装勢力の幹部対決!! いきなり飛ばしていきます。

 

 東都第三地区。ここには大から小まで様々な商業施設が密集しており、東都の中で随一、人の往来が盛んな場所だ。その中心には建物に取り囲まれるようにして大広場があり、真ん中にそびえる女神像をあしらった銀色の噴水前のベンチは、恋人や家族の憩いの場として名高い。

 

 それがどうしたことか、今日は噴水を遠巻きにして人だかりができていて、人々は不安げに目配せをし、物々しく囁き合っている。

「おいおい、あのベンチに座ってるの、紅叉アカシアの連中だよな?」

「いやだわ、一ヶ月前、第五地区で騒ぎを起したばかりだって言うのに、また何かやらかすつもりかしら?」

「大丈夫さ。見てみろ、月砂レゴリスのお二人のご到着だ。月砂レゴリスがいてくれれば、紅叉アカシアに好き勝手やらせないさ」

「どうだかのぅ。秩序と正義を謳う月砂レゴリスとて、思想は違えどやっとることは紅叉アカシアに似たり寄ったりに思えるがのぅ……」

 ベンチに腰掛けているのは、東都の中でもとりわけ先進的な技術力をほこる樋口研究所の過激派武装組織「紅叉アカシア」の構成員である、壇長吉とチョウ・ヤンだ。

「長吉のアニキ、月砂レゴリスのやつらが来るぜ」

 チョウ・ヤンは、地面まで届かない短い脚をぷらぷらと振りながら、壇に知らせた。その口振りは、今から起こるであろう一触即発の事態を楽しみに待ち受けるかのようだった。

「そのようじゃあないの」

 真紅の長着に身を包んだ壇長吉は、団子の串をくわえた口を歪めてほくそ笑んだ。

「それに、あいつらは第五地区で俺たちを邪魔した宇都宮寿と千賀峰咲じゃあないの。さてさて、お手並み拝見と行くかね」

 紅叉アカシアと対立する、丹羽研究所の武装組織月砂レゴリスの宇都宮寿は、数メートル先の壇長吉がにやりと笑みを浮かべたのに気がついた。

「あ~、あいつめっちゃヤル気じゃん。どうしよ、やりたくないわ~。先週、ついに念願の槍『御手杵おてきね』を手に入れたばかりだってのに。もし、あいつとやり合って槍が折れたらどうしよう。もし槍が折れて、その切っ先があろうことか俺の目に突き刺さって失明したらどうしよう」

 宇都宮は鳶色の髪の毛をくしゃくしゃと鷲掴みにする。

「苦労して手に入れてたのに、ご愁傷様。でも、紅叉アカシアの連中に容赦はできない。手加減もできない。向こうがやる気なら、こっちもやるしかないよ」

 千賀峰咲は、腰回りに括りつけた十個以上もの小瓶を、グローブを嵌めた手でぽんぽんと叩いて紅叉アカシアの二人をにらみ付けた。

「わかってるよ。連中のやり方はこの帝都を破壊に導くだけ。俺ら月砂レゴリスが無理やりにでも止めなきゃね」

 千賀峰の決断に宇都宮寿は頷き、

「……よう、紅叉アカシアの小団長、壇長吉。お前、こんなところで何してる?」

 と、壇長吉にけしかけた。

 それを聞いた壇は鼻でせせら笑う。

「ずいぶんなご挨拶じゃあないの。広場でのんびり休憩してるのが、そんなに悪いことかね?」

「しらばっくれても無駄だ。こっちはやり手の情報屋から、お前らが不穏な動きを見せてるって情報を聞いてここに来たんだ」

 ここで、壇の脇からチョウ・ヤンがキンキンと声を張り上げる。

「おい! おいらを無視して話すすめてんじゃねーぞ! 背が小さいからって無視すんなよ! 背が小さいことがそんなに悪いことか!?」

「子供は黙ってなさい」

 千賀峰咲が一喝し、壇に向き直る。

「あんたらが最近、オーパーツ探しにますます躍起になってるのは知ってる。それはあんたらの勝手だけど、その探し方があたしは気に食わない。こないだの第五地区での一件だって、月砂レゴリスが駆けつけなきゃ一般人に死人が出るところだった」

「正義の使者気取りも大概にするこった。月砂レゴリスだって必死こいてオーパーツを手に入れようとしてるじゃあないの。俺たちとお前たちは所詮、同じ穴のムジナ……!」

 壇長吉は顔を思い切り反らせた。彼の鼻面めがけて、宇都宮寿の槍が振り下ろされたのだ。団子の串が壇の口を離れてベンチに転がり落ちると同時に、キン、と金属同士がぶつかり合う高い音が響き渡る。すんでのところで、チョウ・ヤンのコンバットナイフが槍の穂を食い止めたのだ。

「うっわ最悪。一発で刺さってくれよ」

 やれやれと宇都宮。

「アニキを不意打ちで殺ろうとしやがって……。貴様、肉片も残らんくらいに切り刻んでやろうか」

 チョウ・ヤンは、先ほどのキンキン声とは打って変わった低い、唸るような声で言った。

「俺たち月砂レゴリスを侮辱するようなことを言うからだ。月砂レゴリスは、世界の安定と秩序のためにオーパーツを保持したいと思っている。何でもぶち壊そうとする、ガキのようなやり口しか知らないお前たちとは、目指すビジョンが全く違う」

「ごたくはどうでもいいんだよ……」

 チョウ・ヤンは目にもとまらぬ速さで、愛用するコンバットナイフS18-SHUKIⅢの刃を宇都宮に向って繰り出した。宇都宮はなんとか穂先をナイフの刃にかち当て、切っ先を上方にそらす。続けて宇都宮は柄を大きくスイングさせたが、チョウ・ヤンはひらりと宙返りしてそれをかわした。宇都宮はジャンプして一旦、後ろに下がる。

間合いを詰められたらこっちの不利だ。宇都宮は槍を構えなおす。

およそ百年前の戦争で焼け出され、修復不可能と言われた名槍・御手杵おてきねをついに宇都宮は考古科学の修復技術によって蘇らせた。彼にとってこの戦いは、その性能を試すのにもってこいといえる。

「やっぱり、戦うしかないか」

 噴水前から逃げていく野次馬たちを横目で追いながら、千賀峰は腰につけた小瓶の一つを開封した。壇はベンチから腰を浮かせると、チョウ・ヤンに警告を発する。

「チビ助、気をつけろ。噂によると、奴は妙ちくりんな植物の使い手というじゃあないの。どんな攻撃でくるかわかったもんじゃあ……?」

 小瓶から窮屈そうにもぞもぞと出てきたのは、西部劇でよく見かける、固焼きソバのように細い葉が絡み合った、丸っこい茶色の草の塊だった。それは地面にぼてっとみじめな落ち方をすると、微風に煽られて壇とチョウ・ヤンのほうへ転がっていき、そして……転がり続けて噴水の向こう側に姿を消した。

 壇はベンチの背に腕を回して哄笑した。

「やってくれるじゃあないの! 俺たちの戦闘を、西部劇ふうに演出してくれたってわけだ。こいつぁ傑作だ!」

 つづいて壇が手を上空に掲げると、ピシッという音が彼の背後で鳴った。噴水の女神像の首にヒビが入り、頭部が切り離されて宙に浮いた。

クリント・イーストウッドの早撃ちってわけにはいかねぇが、俺もチビ助も、速攻を得意とする身でねぇ。その威力、とくと味わってもらおうじゃあないの!」

 壇が手を前に突き出すと、女神の頭部が弾丸のように千賀峰めがけて飛んでいき、腹のあたりで爆発した。千賀峰は十メートルほど後方にふっとばされ、地面に叩きつけられた。

「咲! 大丈夫か!?」

 宇都宮が駆け寄って助け起す。千賀峰は大きく咳き込む。

「大丈夫。とっさに瓶から出したマザーリーフを、防弾チョッキ代わりにしたから」

 見ると、千賀峰の胸から腹にかけてを、細かい青葉がびっしりと覆っていた。千賀峰は立ち上がると、げっぷみたいに煙を吐き出している、よれよれになったマザーリーフを小瓶に詰め込み、宇都宮に囁いた。

「壇は霊気力を使って、空気中にガスを充満させたり、物体に含まれている空気を圧縮・膨張させたりして爆発させる能力に長けた男よ。ちょっと厄介な相手だから、ここは一気にカタをつけようと思う」

「咲、まさかあの植物を……?」

「そうよ。あいつを使うには、かなり集中して霊気力をコントロールしなければいけない。急に背後から襲われでもしたら、防ぎきれないと思う。あたしが壇を猛攻撃する間、寿はあたしのサポートをお願い。チョウ・ヤンをあたしに近づけないで」

「わかった。ちょっとだけ不安で心配で、息切れしそうなくらい胸の動悸が早まってるけど、その作戦でいこう。君は俺の槍が守る。もし咲が死にでもしたら、俺はやりきれないからね」

 千賀峰はにこっと微笑んで、黄色いバツ印のついた小瓶の蓋を親指で跳ね上げた。千賀峰は壇との間合いを詰めていく。ベンチに悠々と構える壇がからかうように口を開いた。

「あの爆発を受けてピンピンしてるとはね。プライド、ちょっと傷つけられたじゃあないの」

「あたしの植物の力をなめないでくれる? 攻撃、防御、回復……。あたしはそれぞれの植物の特性を見極め、実験に実験を重ねて、霊気力によって植物の秘められたパワーを最大限に引き出してる。馬鹿の一つ覚えみたいな爆発マニアさんとは、霊気力の格が違うんだから」

「馬鹿の一つ覚えかどうかは、これから分かるじゃあないの」

「あんたも、あたしの植物の恐ろしさがこれから分かるよ」

 千賀峰は蓋を開けた小瓶を軽く振った。すると、白い花を蛇の鎌首のようにもたげた背の高い植物が、するすると小瓶の中から滑り出てきた。青々とした鋸歯型の葉は、鮫の牙のように先鋭だ。

「おうおう、こりゃあまたおぞましいじゃあないの」

 ジャイアント・ホグウィード。触れるだけで皮膚を溶かすほどの猛毒を持った雑草兵器を、千賀峰はわざわざスコットランドから取り寄せて改良した。「あなたには、実験台になってもらうわ」

 ジャイアント・ホグウィードは小瓶から抜け出ると、壇に襲いかかった。壇は事も無げにそれを爆発させて、灰にした。

「くだらないじゃあないの。俺はお前さんのびっくり植物ショーに付き合ってるヒマはないんだがねぇ」

 しかし、次の瞬間、小瓶から五体ものジャイアント・ホグウィードがいっせいに飛び出して、壇に迫った。壇は間髪いれずに爆発で倒していく。だが、それで終りではなかった。千賀峰が小瓶を握る右手にさらに力を入れると、ざっと二十体以上ものジャイアント・ホグウィードが、競うようにして小瓶の中から這い出てきたのだ。

 壇は舌打ちをした。

 ――まずいんじゃあないの。このままじゃあ、植物が出てくるスピードが、俺の爆発のスピードを上回っちまう。それにしても、あの小瓶は底無しか? なんだって植物が、無尽蔵みたいにぽんぽん飛び出してきやがるんだ……。

 壇は襲ってくる獰猛なホグウィードを爆破しつつ考える。

 ――いや、これは千賀峰の霊気力によるものか? 小瓶の中に仕込んだ土の中に、生育しきった植物が飛び出す衝撃で落としていく種子を埋め込み、それが発芽してから花をつけるまでの過程を、霊気力で何百倍速にもはやめて瞬時に新たな植物を生み出してやがるんだ。最初は一体だけ。それが次には五体、さらにその次は二十数体。だいたい五乗の計算で植物が増殖していくってんなら、こりゃマジでまずいじゃあないの……。

「チビ助!」

 壇は叫んだ。

「背後だ! 背後に回りこんで千賀峰を始末しろ!」

「了解、アニキ!」

 チョウ・ヤンはジャイアント・ホグウィードを避けつつ、電光石火のごとく千賀峰に接近、コンバットナイフを振り上げた。だが、一陣の風に煽られ、後方へ吹き飛ばされた。

「いてぇ! この風、アニキの爆風じゃねぇっ……」

 ひりひりした痛みを感じた左腕を見ると、細長い裂傷から血がにじんでいた。

「これは、かまいたち!?」

チョウ・ヤンが顔を上げると、千賀峰と背中合わせに、宇都宮が仁王立ちで槍を構えていた。

 天下三名槍の一角、御手杵おてきね。宇都宮は槍の霊気力を引き出し、周囲の空気を操って人工的な風をつくり出した。

「文献によれば、同じ改良を施したかつての使い手は自在に風を操り、一振りで百の兵をなぎ倒したと言う。ならば、俺はいずれ、」

 宇都宮は怒鳴った。

「一振りで千の兵をなぎ倒す槍の名手になる」

 チョウ・ヤンはコンバットナイフを構え直しながら、くそっと悪態をついた。 

 宇都宮の風技の攻撃範囲はずいぶんと広く、チョウ・ヤンはかわしきることができない。

「そんなら……」

 宇都宮の攻撃と攻撃の合間の隙をついて狙う。チョウ・ヤンの素早さなら余裕であろう。

 宇都宮は考えていた。

 ――千の兵とか言っちゃったけど、やっぱりやりすぎだったかな……。せめて五百とかにしとけばよかった……。いま思い返すと、千とかあっさり言っちゃうあたり、小学生みたいとか思われてそうでいやだわ……。どうしよう……。

 はっと顔を上げると、チョウ・ヤンの姿が見えない。宇都宮が槍を構えなおした瞬間、宇都宮の左斜め上に飛び上がったチョウ・ヤンのナイフの刃が、宇都宮の首筋めがけて伸びて来る。

 ――速すぎる! 

 宇都宮は間一髪、槍の銅金から、細く回転する風の砲撃をチョウ・ヤンのどてっぱらに撃ちこんだ……はずだった。しかし、チョウ・ヤンの姿は僅かの差でかき消えていた。

 ――動きが読まれているだと? 

 そう思ったのも束の間、右下から凄まじい殺気を感じて宇都宮は振り向いた、その瞬間にチョウ・ヤンのS18-SHUKIⅢが、宇都宮の脇腹をえぐっていた。

「うっ……」

 槍をだらりと下げた宇都宮を尻目に、チョウ・ヤンはS18-SHUKIⅢを宇都宮の脇腹にめり込ませたまま、ベルトからコンバットナイフGTFO-Tを、左の逆手ですらりと抜き取った。そして、その勢いそのままに、千賀峰の背中へと刃を突き立てた――と思いきや、先ほど宇都宮が放った風の砲撃が空中で方向を変えてチョウ・ヤンの背中に肉薄し、クリーンヒットする。チョウ・ヤンは右手のナイフを抜きさる間もなくまたしても吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「さっき、言っただろうが……」

 血があふれ出す脇腹を押さえながら、宇都宮が言った。

「風を自在に操ると。いま放った打突に特化した風も、最初に放った斬撃に特化した風も、俺は人工的に作り出すことができる」

 これを組み合わせた応用技は、現在開発中だけどな、と宇都宮は思ったが口には出さなかった。

「寿! あんた、大丈夫?」

 千賀峰が後ろを振り返りつつ叫んだ。宇都宮は頷く。

「咲は植物に集中していてくれ。俺なら心配ない……」

 宇都宮は槍を振るい、矢継ぎ早にチョウ・ヤンへ風の攻撃を叩き込む。

 チョウ・ヤンは急いで跳ね起きると、すんでのところでかわした。だが、チョウ・ヤンの左脚に鈍い痛みが走る。どうやら、打ち所が悪かったらしく、先ほどのような素早い動きは難しい。

 チョウ・ヤンは、いまや植物に呑まれそうになっている壇に向って叫んだ。

「アニキィ! オイラはもうあんま動けねぇ! こうなったらいつものあれをやろう!」

「冗談じゃねぇぞ! 今の俺を見て、あれをやれる状況だと思うのか?」

「二十秒だ! 二十秒あれば、奴らを殺すことはできないまでも、戦闘不能に追いこめるだけの準備ができるっ!」

「しかたねぇ! 可愛いチビの言うことだ、その話、乗ってみようじゃあないの!」

 走り出したチョウ・ヤンを見て、宇都宮は脇腹を気にかけつつ追いかける。

「やつら、何をする気だ……?」

 宇都宮が見ていると、チョウ・ヤンは、千賀峰の小瓶から吐き出される植物をGTFO-Tで切り付け、凍らせていた。植物は、サッカーボール大のサイコロ形に凍り付けとなって、続々と地面に転がっていく。

 宇都宮は訝った。

「あのガキが氷結の能力を持っていたとは意外だったが、いまさらあんな地道な食い止めに何の意味がある? 植物の増殖スピードにはもはや追いつけねぇ。圧倒的な植物のパワーを見て、投げやりにでもなったのか?」

 ――だがとにかく、俺はチョウ・ヤンをここで仕留めねば。

 宇都宮は風撃を放つが、チョウ・ヤンは手負いにもかかわらず、すばしこくそれを回避する。

「アニキ、準備は整った! あとはアニキに任せる!」

 チョウ・ヤンが甲高い声で叫んだ。宇都宮があたりを見渡すと、サイコロ形の氷はざっと百個に増えている。宇都宮は、あることに気がついて戦慄した。 

 ――氷の位置が、千賀峰の付近に集中している。これは……。

「咲! 小瓶を捨てて逃げろ!」

 宇都宮が無我夢中で叫んだ。

「もう遅いんじゃあないの!」

 壇が自らに迫りくる植物の陰から左手を上げた。

「植物ショーの次は爆弾ショーといこうじゃあないの!」

 突如、氷が相次いで爆発を起こしはじめた。すぐに誘爆が起こり、千賀峰と無数のジャイアント・ホグウィードは大爆発に呑み込まれた。

 

☆ 壇の爆発に巻き込まれた宇都宮と千賀峰。二人は無事なのか!?

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part1

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「そうか、分かった。私から総隊長に伝えておく」

 学連警備団本局。鷹取シズク副隊長は部下から重大な情報を受け取った。「第三地区で紅叉アカシア月砂レゴリスの小競り合いが勃発した」というものだ。どうせ紅叉が好き勝手やっていたところを月砂が止めに入りいざこざになったに違いない。

 紅叉と月砂。霊気力、とりわけオーパーツ研究に執着する樋口研究所と丹羽研究所がそれぞれ擁する、東都研究都市における二大武装組織である。

 鷹取は『総隊長室』のプレートが付いたドアの前でぴたりと止まると、扉をノックして入室した。

 中世の西洋風な赤色の椅子にもたれ、優雅にティーカップをすすっている若い男に、鷹取は部下からの一報を告げた。

「吾妻総隊長。第三地区で紅叉と月砂が……」

「小競り合いをしている……だろ? ついさっき理七りななからそのことを聞いて、地区担当官の師崎もろざきに出動を要請した。それと、ちょうど君を呼ぼうとしていたところだ」

 身支度をしていた吾妻は、自分についてくるよう鷹取に言った。

「研究都市にネズミが紛れ込んでいる。牽制のため、俺たちも出るぞ」

「わかりました。それはいいのですが総隊長……」

 鷹取は不満をぶちまける。

「ティーカップでコーンポタージュを飲むのはやめてください。センスを疑います」

「うまいもんはうまい。合理的な考え方だろうが?」

 そんな会話を交わしながら二人が学連本局のロビーから出ると、三人の男女が待ち構えていた。

「向こうからわざわざお出でになるとは……」

 吾妻が敵意も露わに問いかける。

「前島さん。公安がこんなところに何の用だ?」

 前島まえじまたつのり警視はあっけらかんと答えた。

「もちろん、観光だ!」

「ふん、ばかばかしい……」吾妻は続ける。

「ここは自治権が認められた東都研究都市だ。あんたら公安が出る幕じゃない」

 日本に五つある研究都市は、一般社会と異なる仕組みで動いている。それぞれの研究都市には、霊気力を研究することを目的とするいくつかの研究所が存在し、研究都市のまつりごとの運営は、研究所が握っている。

 ここ、東都研究都市で設立当初から覇権を争っているのは、紅叉を有する樋口研究所と、月砂を有する丹羽研究所だ。主にこの二大研究所が、東都の自治を取り仕切っている。そして、二大研究所による行き過ぎた独断専行ならびに相互干渉を未然に防ぐため、「学連警備団」という、いわば自警組織が目を光らせているのだ。

 したがって、内政不干渉であるはずの東都を公安が訪問することなど、ほとんど前例のない事態だった。吾妻は不愉快そうに鼻を鳴らして、前島辰典の隣のスタイルのいい女性捜査官に話しかけた。

「なあ、前島さんが言ってることは嘘だろ?」

「うん、嘘だね」

 前島の部下、むらひめはタバコの煙を吐きながら、さらりと答えた。前島は蒲村を見つめ、がっかりした口調で言った。

「ちょっ、ヒメ、なんですぐばらしちゃうの! もうちょっとこうなんか、緊迫した駆け引きみたいなさぁ……」

 すると、蒲村は煙草を前島の頬にぐりぐり押し付けながら怒鳴った。

「うっとーしんだよ、このダメオヤジ! 駆け引きとか苦手のノータリンのくせして無駄に会話パート引き伸ばそうとしやがってコラァ!」

「あついあつい! ごめん、悪かった! オジサンが全部わるかった!」

「護、説明してやりなさい」

 蒲村は前島の左側に控えている男、一ノ瀬護いちのせまもるに言った。一ノ瀬は鋭い眼光を吾妻らに向け、話しはじめた。

「あなたがた学連もご存知と思いますが、最近の紅叉と月砂の活動は目に余るものがあります。あなたがたがこれ以上、彼らの行動を看過するのならば、我々、公安が東都の治安維持に介入せざるを得ない。今日は、その旨を通達するために参りました」

「言われなくても分かっています」

 鷹取が言い返す。

「紅叉の『紅叉王キング』も、月砂の『砂の女クイーン』も、今はまるで表に姿を現しませんが、現れたが最後、一網打尽にするつもりでいますから」 

 鷹取の言葉を受けて、吾妻が加勢する。

「東都は俺たちが守る。あんたら公安の出番はナシだ」

 言い返そうとする蒲村を、前島が遮る。

「まあまあ、ヒメよ。若いリーダーが自分なりに考えてこう言ってんだ。ここは信じてみようじゃないか。俺たちは退こう」

 吾妻が「そうしてくれるとありがたい」と応じて、きびすを返したそのとき、前島が吾妻を呼び止めた。吾妻は冷淡な口調で言う。「まだ何か用があるのか?」

 前島は深刻な表情で言った。

「お前たち、TEBESテベスという存在は知っているか?」

「ああ、大体のことはな。数年前から国家の転覆を目的として、世界中でテロだの何だの物騒な事件を起こしてる犯罪組織だろう。その規模も首謀者もいまだ謎らしいが」

「そうだ。これはまだ確証がないから言いたくなかったんだが……。TEBESが日本にも狙いをつけているかもしれなくてな」

「何だと?」

「TEBESの目的が国家の解体ならば、真っ先にターゲットとなるのはこの東都に違いない。紅叉や月砂への対応で手一杯のところにつけこまれたら、東都の自治がどうだなんて言ってられなくなるのは分かるな?」

 前島は今度こそ立ち去りながら、最後の台詞を放った。

 

「TEBESの連中はとてもじゃないが、お前たちの手には負えん。今回は見逃してやるが、TEBESが関わってるとはっきりしたら俺たちの出番だってこと、覚えとくんだぞ、若人よ」    

 

☆どんどん登場人物が増えていくので頑張ってついて来てください。完全な偶像劇なので登場人物は多いです。