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ジャンプ型小説・ブログ集

週刊少年ジャンプみたく3人の著者が小説やブログを更新していきます。

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part4

☆再び公安現る……彼らと学連警備団「騒音」の師崎はどうでる!?

 

「何の用ですか、警察さん?」

 師崎の不信感丸出しの問いかけに、四十がらみの男、前島辰典はあっけらかんと答えた。

「もちろん、観光だ!」

「ばっかばかしい。そんな嘘、だーれが信じますかね?」

 師崎は不愉快そうに鼻を鳴らして、泰然自若と腕組みをしている前島をスルーする。

「うん、嘘だね」

 前島の部下、蒲村姫菜は煙草の煙を吐きながら、さらりと答えた。前島は蒲村を呆然と見つめる。

「ちょっ、ひめ、なんですぐばらしちゃうの! もうちょっとこうなんか、緊迫した駆け引きみたいなさぁ……」

 すると、蒲村は煙草の火のついた部分を前島の頬にぐりぐりと押し付けながら、

「うっとうしんだよ、このダメ親爺! 駆け引きとか苦手のノータリンのくせして無駄に会話パート引き伸ばそうとしやがってコラァ!」

 と、怒鳴った。

「あついあつい! ごめん、悪かった! オジサンが全部わるかった!」

「護、単刀直入に説明してやりなさい」

 蒲村は前島の左側に立っている男、一ノ瀬護に言った。一ノ瀬は鋭い眼光を師崎に向け、話しはじめた。

「あなたがた学連警備団がいちばんよくご存知と思いますが、最近の東都内における紅叉アカシアと月砂レゴリスの過激な行動は目に余るものがあります。研究所の所員を研究に専心させること、さらに、東都にも多く居住されている非戦闘員の方々を守ること。学連警備団がこれらの重要な任務を怠るのならば、我々、警察が東都の治安維持に介入せざるを得ない。今日は、その旨を通達するために参りました」

「言われなくても分かってますって」

 師崎は唇を尖らせて言い返す。

「こういうのは組織のアタマをちょんぎっちまえば話が早いんですがね、紅叉アカシアの虺竜文も、月砂レゴリスのクリス・レイシアも、まるで表に姿を現さないもんで困ってるだけなんですよ。おかげで、あそこでくたばってるザコ連中ばかりを相手に……」

 話の終わるより先に、師崎は地面に尻餅をついていた。彼は、一ノ瀬に拳骨で顔面を殴りつけられて転んだのだと気付くまでに、数秒かかった。

「あんた、急に何しやがる……」

 怒鳴りかけた師崎が目にした一ノ瀬の表情は、何とも形容しがたいものだった。憎悪、悲しみ、怒り、焦燥感。それらの悪感情がどろどろとない交ぜになって、一ノ瀬の目の中でとぐろを巻いていた。しかし、師崎が口をつぐんだ最大の理由は、一ノ瀬の目が自分を見つめながらも、全く何か別の誰かを責め立てているような、そんな測り知れなさを目の当たりにしたせいだった。

「護!」

 蒲村が一ノ瀬の腕を掴んだが、一ノ瀬はそれを無下に振りほどいて、師崎の襟首を引っつかんだ。最初の丁寧で機械的な口調とはかけ離れた、強い怒気をはらんだ言葉が、一ノ瀬の口からほとばしる。

「お前らが後手に回って研究所の連中を野放しにしとけば、また罪のない犠牲が出るだろ……。その時、てめーらは責任取れんのか!? あ!? 答えろよ!」

「護」

 前島が一ノ瀬に声をかけた。一ノ瀬はハッと我に返り、うなだれた。

「護、もうよそう。私情で熱くなり過ぎるな。お前が国家に忠誠を誓った信念を、自ら蔑ろにするようなマネをするな」

 前島の口調は穏やかだった。一ノ瀬は、「すみません」と詫び、師崎に手を貸して立たせた。前島は師崎の肩に手を置く。

「すまん、悪いことをしたな。まあ、なんだ、あいつは色々とあってな。今回のことは大目にみてやってくれ。俺たちは、もう行くから」

 師崎の目の前に、白い布のようなものがすっと差し出された。顔を上げると、差し出し主は蒲村だった。

「なんすか。これ」

「湿布」

 それを聞くと、師崎は持ち前のお調子者のノリを取り戻して、

「それ、お姉さんが貼ってくれるんですか!? 優しーなー」

「追加のビンタなら何発でも張ってやるわよ、このノータリン。てめーで貼れ」

「今どき湿布なんて、レトロですねぇ。ノータリンとか悪口までレトロですし。でも、そんなお姉さん、嫌いじゃないなぁ、なんつって」

 結局、蒲村は師崎に特大のビンタを食らわせて、前島たちのあとを追った。

「いてて」

 師崎はよれないように注意して湿布を頬に貼り付けながら、一ノ瀬の言葉を胸のうちで反芻した。

『「また」罪のない犠牲者が出る……』

 

☆何かしらの過去(ばくだん)を抱えている一ノ瀬。彼の過去には一体何が?

次週明らかになるかもしれないし明らかにならないかもしれない。

 

 

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part3

☆爆発に巻き込まれた千賀峰と宇都宮の生死はいかに!?

 

 みるみるしおれていく植物を踏みつけながら、チョウ・ヤンが植物に呑みこまれかけた壇をベンチから助け起こした。もう数秒、爆発が遅れていたら、壇は猛毒の餌食となっていたかもしれない。

「さすがはアニキ。右手で爆発によって植物を食い止めつつ、秘かに左手で空気中に大量のガスを放出させつづけるなんてね」

「いやしかし、チビ助がいなかったら詰んでいたんじゃあないの。この技は、ガスを氷の密閉空間に封じ込め、圧力を高めた上で爆発させることによって殺傷能力を高めることが鍵……。お前の氷が役に立ったというわけだ」

 壇とチョウ・ヤンは、もうもうとたちこめる煙と灰燼の中を歩いて行く。

「まあこれであの植物女もおじゃんじゃあないの」

 煙がかすれて、次第に視界がはっきりとする。

 壇たちは驚愕した。

 そこには千賀峰の前に立ちはだかった宇都宮の姿があった。

「野郎、爆発の一瞬前に飛び込んで、千賀峰をかばったのか!」

 壇は、膝からくずおれていく宇都宮を見下ろした。服はぼろぼろに裂け、煤で黒ずんだ全身には無数の切り傷が刻まれていた。

「こいつ、爆発と同時に風を起こして爆発の威力を相殺したんだな。じゃなけりゃ、この程度のダメージですむはずがない」

 チョウ・ヤンは歯ぎしりをする。

 しかし、宇都宮は、身体の自由が利かないらしく、立ち上がろうとする意思を顔ににじませながらも、ゆっくりとその上半身は地面に倒れていった。

「どうします、アニキ」

「宇都宮はこのザマだ。千賀峰は爆発の餌食は免れたものの、気を失ってるようじゃあないの。おおかた、霊気力の使いすぎだ。チビ助、とどめを刺せ」

「あいよ」

 コンバットナイフGTFO-Tを頭上に構えたチョウ・ヤンは、ある異変に気がついた。身体が――動かない。

「アニキ……こいつは……一体?」

「ちょっと待て、どうな……」

 そう言い終えないうちに壇は、足もとを滑らせて地面に倒れた。

 ――足元から頭まで痺れて動けねぇ、喋ることすらままならねぇ!

脳筋バカどもには痺れ粉も効かないのかと焦ったよ」

 いつのまにか目を開けていた千賀峰が、腕に満身の力をこめて立ち上がった。

「今になってやっと、効いてきたみたいね」

 ――痺れ粉だと? いつの間にそんなもんを……まさか! 

 壇の脳裏に、数分前のワンシーンがまざまざとフラッシュバックした。

「あん……ときの!」

「そう。タンブル・ウィード。あの西部劇でおなじみの植物には品種改良を施して、痺れ粉を撒き散らす胞子を加えてあったの。そしたら、これがうまく馴染んで、使い物になったってわけ」

 千賀峰はおほんと咳払いを一つして、

「さっき言ったでしょ。あたしの植物をなめるなって」

 そして、宇都宮をちらりと見やって微笑んだ。

「あたしを守ったあんたの姿、なかなかかっこよかったよ……」

 つい出た自身の言葉に恥ずかしくなり千賀峰は顔を赤らめた。

 千賀峰は宇都宮のもとに駆けつけようとする。

 そのときだった。

「あーっ! あーあーあーあ! 一足遅かったか……。また派手にやってくれちゃってもー!」

 癇に障るほどの大音声が響き渡り、千賀峰を縮み上がらせた。

 千賀峰が振り返ると、学連警備団の第三地区隊長・師崎(もろざき)が地団太を踏んでこちらを睨みつけていた。

「この広場の修理代とかどーすんの! 怒られんの僕なんですけど! あーあ、シズちゃんにかっこ悪いところ見られたくないってーのに、もぉー!」

「そんなこと、あたしが知るか。こうなるのを止められなかったあんたが悪い」

 千賀峰は師崎の方をキッとにらんだ後、屈んで宇都宮の首筋に手を当て脈をはかる。

 ――とりあえず、命に別状はないみたいね。でも、早く脇腹を止血しないと……。

 師崎は食い下がって叫ぶ。

「だいたいね、東都が自治権を認められているのは、これまでの平穏無事の実績あってこそなんだよ? だから、こういう事態が度々起こると――」

「俺たちが東都の治安に介入せざるを得なくなる……かな?」

 突然、会話に割り込んできたのは、四十がらみの体格のいい男だった。両脇に男と女を一人ずつ従えている。

「あんたら誰?」

「俺たちか? 俺たちはな」そう言って四十代の男は懐から何かを取り出しそれを師崎に向かって突き出した。「こういうもんだ」

 師崎は男を見据えて素っ頓狂な声を上げた。男が差し出したのは警察手帳だった。

 

「警察が、どうして東都ここに……?」 

 

☆駆けつけた警察。東都の治安を守る学連警備団とは仲の悪さが伺えるが……?

 

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part2

 

☆この回では前回、会話の中で登場した「紅叉(アカシア)」と「月砂(レゴリス)」の幹部クラスの戦いです。東都研究都市における二大武装勢力の幹部対決!! いきなり飛ばしていきます。

 

 東都第三地区。ここには大から小まで様々な商業施設が密集しており、東都の中で随一、人の往来が盛んな場所だ。その中心には建物に取り囲まれるようにして大広場があり、真ん中にそびえる女神像をあしらった銀色の噴水前のベンチは、恋人や家族の憩いの場として名高い。

 

 それがどうしたことか、今日は噴水を遠巻きにして人だかりができていて、人々は不安げに目配せをし、物々しく囁き合っている。

「おいおい、あのベンチに座ってるの、紅叉アカシアの連中だよな?」

「いやだわ、一ヶ月前、第五地区で騒ぎを起したばかりだって言うのに、また何かやらかすつもりかしら?」

「大丈夫さ。見てみろ、月砂レゴリスのお二人のご到着だ。月砂レゴリスがいてくれれば、紅叉アカシアに好き勝手やらせないさ」

「どうだかのぅ。秩序と正義を謳う月砂レゴリスとて、思想は違えどやっとることは紅叉アカシアに似たり寄ったりに思えるがのぅ……」

 ベンチに腰掛けているのは、東都の中でもとりわけ先進的な技術力をほこる樋口研究所の過激派武装組織「紅叉アカシア」の構成員である、壇長吉とチョウ・ヤンだ。

「長吉のアニキ、月砂レゴリスのやつらが来るぜ」

 チョウ・ヤンは、地面まで届かない短い脚をぷらぷらと振りながら、壇に知らせた。その口振りは、今から起こるであろう一触即発の事態を楽しみに待ち受けるかのようだった。

「そのようじゃあないの」

 真紅の長着に身を包んだ壇長吉は、団子の串をくわえた口を歪めてほくそ笑んだ。

「それに、あいつらは第五地区で俺たちを邪魔した宇都宮寿と千賀峰咲じゃあないの。さてさて、お手並み拝見と行くかね」

 紅叉アカシアと対立する、丹羽研究所の武装組織月砂レゴリスの宇都宮寿は、数メートル先の壇長吉がにやりと笑みを浮かべたのに気がついた。

「あ~、あいつめっちゃヤル気じゃん。どうしよ、やりたくないわ~。先週、ついに念願の槍『御手杵おてきね』を手に入れたばかりだってのに。もし、あいつとやり合って槍が折れたらどうしよう。もし槍が折れて、その切っ先があろうことか俺の目に突き刺さって失明したらどうしよう」

 宇都宮は鳶色の髪の毛をくしゃくしゃと鷲掴みにする。

「苦労して手に入れてたのに、ご愁傷様。でも、紅叉アカシアの連中に容赦はできない。手加減もできない。向こうがやる気なら、こっちもやるしかないよ」

 千賀峰咲は、腰回りに括りつけた十個以上もの小瓶を、グローブを嵌めた手でぽんぽんと叩いて紅叉アカシアの二人をにらみ付けた。

「わかってるよ。連中のやり方はこの帝都を破壊に導くだけ。俺ら月砂レゴリスが無理やりにでも止めなきゃね」

 千賀峰の決断に宇都宮寿は頷き、

「……よう、紅叉アカシアの小団長、壇長吉。お前、こんなところで何してる?」

 と、壇長吉にけしかけた。

 それを聞いた壇は鼻でせせら笑う。

「ずいぶんなご挨拶じゃあないの。広場でのんびり休憩してるのが、そんなに悪いことかね?」

「しらばっくれても無駄だ。こっちはやり手の情報屋から、お前らが不穏な動きを見せてるって情報を聞いてここに来たんだ」

 ここで、壇の脇からチョウ・ヤンがキンキンと声を張り上げる。

「おい! おいらを無視して話すすめてんじゃねーぞ! 背が小さいからって無視すんなよ! 背が小さいことがそんなに悪いことか!?」

「子供は黙ってなさい」

 千賀峰咲が一喝し、壇に向き直る。

「あんたらが最近、オーパーツ探しにますます躍起になってるのは知ってる。それはあんたらの勝手だけど、その探し方があたしは気に食わない。こないだの第五地区での一件だって、月砂レゴリスが駆けつけなきゃ一般人に死人が出るところだった」

「正義の使者気取りも大概にするこった。月砂レゴリスだって必死こいてオーパーツを手に入れようとしてるじゃあないの。俺たちとお前たちは所詮、同じ穴のムジナ……!」

 壇長吉は顔を思い切り反らせた。彼の鼻面めがけて、宇都宮寿の槍が振り下ろされたのだ。団子の串が壇の口を離れてベンチに転がり落ちると同時に、キン、と金属同士がぶつかり合う高い音が響き渡る。すんでのところで、チョウ・ヤンのコンバットナイフが槍の穂を食い止めたのだ。

「うっわ最悪。一発で刺さってくれよ」

 やれやれと宇都宮。

「アニキを不意打ちで殺ろうとしやがって……。貴様、肉片も残らんくらいに切り刻んでやろうか」

 チョウ・ヤンは、先ほどのキンキン声とは打って変わった低い、唸るような声で言った。

「俺たち月砂レゴリスを侮辱するようなことを言うからだ。月砂レゴリスは、世界の安定と秩序のためにオーパーツを保持したいと思っている。何でもぶち壊そうとする、ガキのようなやり口しか知らないお前たちとは、目指すビジョンが全く違う」

「ごたくはどうでもいいんだよ……」

 チョウ・ヤンは目にもとまらぬ速さで、愛用するコンバットナイフS18-SHUKIⅢの刃を宇都宮に向って繰り出した。宇都宮はなんとか穂先をナイフの刃にかち当て、切っ先を上方にそらす。続けて宇都宮は柄を大きくスイングさせたが、チョウ・ヤンはひらりと宙返りしてそれをかわした。宇都宮はジャンプして一旦、後ろに下がる。

間合いを詰められたらこっちの不利だ。宇都宮は槍を構えなおす。

およそ百年前の戦争で焼け出され、修復不可能と言われた名槍・御手杵おてきねをついに宇都宮は考古科学の修復技術によって蘇らせた。彼にとってこの戦いは、その性能を試すのにもってこいといえる。

「やっぱり、戦うしかないか」

 噴水前から逃げていく野次馬たちを横目で追いながら、千賀峰は腰につけた小瓶の一つを開封した。壇はベンチから腰を浮かせると、チョウ・ヤンに警告を発する。

「チビ助、気をつけろ。噂によると、奴は妙ちくりんな植物の使い手というじゃあないの。どんな攻撃でくるかわかったもんじゃあ……?」

 小瓶から窮屈そうにもぞもぞと出てきたのは、西部劇でよく見かける、固焼きソバのように細い葉が絡み合った、丸っこい茶色の草の塊だった。それは地面にぼてっとみじめな落ち方をすると、微風に煽られて壇とチョウ・ヤンのほうへ転がっていき、そして……転がり続けて噴水の向こう側に姿を消した。

 壇はベンチの背に腕を回して哄笑した。

「やってくれるじゃあないの! 俺たちの戦闘を、西部劇ふうに演出してくれたってわけだ。こいつぁ傑作だ!」

 つづいて壇が手を上空に掲げると、ピシッという音が彼の背後で鳴った。噴水の女神像の首にヒビが入り、頭部が切り離されて宙に浮いた。

クリント・イーストウッドの早撃ちってわけにはいかねぇが、俺もチビ助も、速攻を得意とする身でねぇ。その威力、とくと味わってもらおうじゃあないの!」

 壇が手を前に突き出すと、女神の頭部が弾丸のように千賀峰めがけて飛んでいき、腹のあたりで爆発した。千賀峰は十メートルほど後方にふっとばされ、地面に叩きつけられた。

「咲! 大丈夫か!?」

 宇都宮が駆け寄って助け起す。千賀峰は大きく咳き込む。

「大丈夫。とっさに瓶から出したマザーリーフを、防弾チョッキ代わりにしたから」

 見ると、千賀峰の胸から腹にかけてを、細かい青葉がびっしりと覆っていた。千賀峰は立ち上がると、げっぷみたいに煙を吐き出している、よれよれになったマザーリーフを小瓶に詰め込み、宇都宮に囁いた。

「壇は霊気力を使って、空気中にガスを充満させたり、物体に含まれている空気を圧縮・膨張させたりして爆発させる能力に長けた男よ。ちょっと厄介な相手だから、ここは一気にカタをつけようと思う」

「咲、まさかあの植物を……?」

「そうよ。あいつを使うには、かなり集中して霊気力をコントロールしなければいけない。急に背後から襲われでもしたら、防ぎきれないと思う。あたしが壇を猛攻撃する間、寿はあたしのサポートをお願い。チョウ・ヤンをあたしに近づけないで」

「わかった。ちょっとだけ不安で心配で、息切れしそうなくらい胸の動悸が早まってるけど、その作戦でいこう。君は俺の槍が守る。もし咲が死にでもしたら、俺はやりきれないからね」

 千賀峰はにこっと微笑んで、黄色いバツ印のついた小瓶の蓋を親指で跳ね上げた。千賀峰は壇との間合いを詰めていく。ベンチに悠々と構える壇がからかうように口を開いた。

「あの爆発を受けてピンピンしてるとはね。プライド、ちょっと傷つけられたじゃあないの」

「あたしの植物の力をなめないでくれる? 攻撃、防御、回復……。あたしはそれぞれの植物の特性を見極め、実験に実験を重ねて、霊気力によって植物の秘められたパワーを最大限に引き出してる。馬鹿の一つ覚えみたいな爆発マニアさんとは、霊気力の格が違うんだから」

「馬鹿の一つ覚えかどうかは、これから分かるじゃあないの」

「あんたも、あたしの植物の恐ろしさがこれから分かるよ」

 千賀峰は蓋を開けた小瓶を軽く振った。すると、白い花を蛇の鎌首のようにもたげた背の高い植物が、するすると小瓶の中から滑り出てきた。青々とした鋸歯型の葉は、鮫の牙のように先鋭だ。

「おうおう、こりゃあまたおぞましいじゃあないの」

 ジャイアント・ホグウィード。触れるだけで皮膚を溶かすほどの猛毒を持った雑草兵器を、千賀峰はわざわざスコットランドから取り寄せて改良した。「あなたには、実験台になってもらうわ」

 ジャイアント・ホグウィードは小瓶から抜け出ると、壇に襲いかかった。壇は事も無げにそれを爆発させて、灰にした。

「くだらないじゃあないの。俺はお前さんのびっくり植物ショーに付き合ってるヒマはないんだがねぇ」

 しかし、次の瞬間、小瓶から五体ものジャイアント・ホグウィードがいっせいに飛び出して、壇に迫った。壇は間髪いれずに爆発で倒していく。だが、それで終りではなかった。千賀峰が小瓶を握る右手にさらに力を入れると、ざっと二十体以上ものジャイアント・ホグウィードが、競うようにして小瓶の中から這い出てきたのだ。

 壇は舌打ちをした。

 ――まずいんじゃあないの。このままじゃあ、植物が出てくるスピードが、俺の爆発のスピードを上回っちまう。それにしても、あの小瓶は底無しか? なんだって植物が、無尽蔵みたいにぽんぽん飛び出してきやがるんだ……。

 壇は襲ってくる獰猛なホグウィードを爆破しつつ考える。

 ――いや、これは千賀峰の霊気力によるものか? 小瓶の中に仕込んだ土の中に、生育しきった植物が飛び出す衝撃で落としていく種子を埋め込み、それが発芽してから花をつけるまでの過程を、霊気力で何百倍速にもはやめて瞬時に新たな植物を生み出してやがるんだ。最初は一体だけ。それが次には五体、さらにその次は二十数体。だいたい五乗の計算で植物が増殖していくってんなら、こりゃマジでまずいじゃあないの……。

「チビ助!」

 壇は叫んだ。

「背後だ! 背後に回りこんで千賀峰を始末しろ!」

「了解、アニキ!」

 チョウ・ヤンはジャイアント・ホグウィードを避けつつ、電光石火のごとく千賀峰に接近、コンバットナイフを振り上げた。だが、一陣の風に煽られ、後方へ吹き飛ばされた。

「いてぇ! この風、アニキの爆風じゃねぇっ……」

 ひりひりした痛みを感じた左腕を見ると、細長い裂傷から血がにじんでいた。

「これは、かまいたち!?」

チョウ・ヤンが顔を上げると、千賀峰と背中合わせに、宇都宮が仁王立ちで槍を構えていた。

 天下三名槍の一角、御手杵おてきね。宇都宮は槍の霊気力を引き出し、周囲の空気を操って人工的な風をつくり出した。

「文献によれば、同じ改良を施したかつての使い手は自在に風を操り、一振りで百の兵をなぎ倒したと言う。ならば、俺はいずれ、」

 宇都宮は怒鳴った。

「一振りで千の兵をなぎ倒す槍の名手になる」

 チョウ・ヤンはコンバットナイフを構え直しながら、くそっと悪態をついた。 

 宇都宮の風技の攻撃範囲はずいぶんと広く、チョウ・ヤンはかわしきることができない。

「そんなら……」

 宇都宮の攻撃と攻撃の合間の隙をついて狙う。チョウ・ヤンの素早さなら余裕であろう。

 宇都宮は考えていた。

 ――千の兵とか言っちゃったけど、やっぱりやりすぎだったかな……。せめて五百とかにしとけばよかった……。いま思い返すと、千とかあっさり言っちゃうあたり、小学生みたいとか思われてそうでいやだわ……。どうしよう……。

 はっと顔を上げると、チョウ・ヤンの姿が見えない。宇都宮が槍を構えなおした瞬間、宇都宮の左斜め上に飛び上がったチョウ・ヤンのナイフの刃が、宇都宮の首筋めがけて伸びて来る。

 ――速すぎる! 

 宇都宮は間一髪、槍の銅金から、細く回転する風の砲撃をチョウ・ヤンのどてっぱらに撃ちこんだ……はずだった。しかし、チョウ・ヤンの姿は僅かの差でかき消えていた。

 ――動きが読まれているだと? 

 そう思ったのも束の間、右下から凄まじい殺気を感じて宇都宮は振り向いた、その瞬間にチョウ・ヤンのS18-SHUKIⅢが、宇都宮の脇腹をえぐっていた。

「うっ……」

 槍をだらりと下げた宇都宮を尻目に、チョウ・ヤンはS18-SHUKIⅢを宇都宮の脇腹にめり込ませたまま、ベルトからコンバットナイフGTFO-Tを、左の逆手ですらりと抜き取った。そして、その勢いそのままに、千賀峰の背中へと刃を突き立てた――と思いきや、先ほど宇都宮が放った風の砲撃が空中で方向を変えてチョウ・ヤンの背中に肉薄し、クリーンヒットする。チョウ・ヤンは右手のナイフを抜きさる間もなくまたしても吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「さっき、言っただろうが……」

 血があふれ出す脇腹を押さえながら、宇都宮が言った。

「風を自在に操ると。いま放った打突に特化した風も、最初に放った斬撃に特化した風も、俺は人工的に作り出すことができる」

 これを組み合わせた応用技は、現在開発中だけどな、と宇都宮は思ったが口には出さなかった。

「寿! あんた、大丈夫?」

 千賀峰が後ろを振り返りつつ叫んだ。宇都宮は頷く。

「咲は植物に集中していてくれ。俺なら心配ない……」

 宇都宮は槍を振るい、矢継ぎ早にチョウ・ヤンへ風の攻撃を叩き込む。

 チョウ・ヤンは急いで跳ね起きると、すんでのところでかわした。だが、チョウ・ヤンの左脚に鈍い痛みが走る。どうやら、打ち所が悪かったらしく、先ほどのような素早い動きは難しい。

 チョウ・ヤンは、いまや植物に呑まれそうになっている壇に向って叫んだ。

「アニキィ! オイラはもうあんま動けねぇ! こうなったらいつものあれをやろう!」

「冗談じゃねぇぞ! 今の俺を見て、あれをやれる状況だと思うのか?」

「二十秒だ! 二十秒あれば、奴らを殺すことはできないまでも、戦闘不能に追いこめるだけの準備ができるっ!」

「しかたねぇ! 可愛いチビの言うことだ、その話、乗ってみようじゃあないの!」

 走り出したチョウ・ヤンを見て、宇都宮は脇腹を気にかけつつ追いかける。

「やつら、何をする気だ……?」

 宇都宮が見ていると、チョウ・ヤンは、千賀峰の小瓶から吐き出される植物をGTFO-Tで切り付け、凍らせていた。植物は、サッカーボール大のサイコロ形に凍り付けとなって、続々と地面に転がっていく。

 宇都宮は訝った。

「あのガキが氷結の能力を持っていたとは意外だったが、いまさらあんな地道な食い止めに何の意味がある? 植物の増殖スピードにはもはや追いつけねぇ。圧倒的な植物のパワーを見て、投げやりにでもなったのか?」

 ――だがとにかく、俺はチョウ・ヤンをここで仕留めねば。

 宇都宮は風撃を放つが、チョウ・ヤンは手負いにもかかわらず、すばしこくそれを回避する。

「アニキ、準備は整った! あとはアニキに任せる!」

 チョウ・ヤンが甲高い声で叫んだ。宇都宮があたりを見渡すと、サイコロ形の氷はざっと百個に増えている。宇都宮は、あることに気がついて戦慄した。 

 ――氷の位置が、千賀峰の付近に集中している。これは……。

「咲! 小瓶を捨てて逃げろ!」

 宇都宮が無我夢中で叫んだ。

「もう遅いんじゃあないの!」

 壇が自らに迫りくる植物の陰から左手を上げた。

「植物ショーの次は爆弾ショーといこうじゃあないの!」

 突如、氷が相次いで爆発を起こしはじめた。すぐに誘爆が起こり、千賀峰と無数のジャイアント・ホグウィードは大爆発に呑み込まれた。

 

☆ 壇の爆発に巻き込まれた宇都宮と千賀峰。二人は無事なのか!?

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第2章 誰がために東都はある Part1

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「そうか、分かった。私から総隊長に伝えておく」

 学連警備団本局。鷹取シズク副隊長は部下から重大な情報を受け取った。「第三地区で紅叉アカシア月砂レゴリスの小競り合いが勃発した」というものだ。どうせ紅叉が好き勝手やっていたところを月砂が止めに入りいざこざになったに違いない。

 紅叉と月砂。霊気力、とりわけオーパーツ研究に執着する樋口研究所と丹羽研究所がそれぞれ擁する、東都研究都市における二大武装組織である。

 鷹取は『総隊長室』のプレートが付いたドアの前でぴたりと止まると、扉をノックして入室した。

 中世の西洋風な赤色の椅子にもたれ、優雅にティーカップをすすっている若い男に、鷹取は部下からの一報を告げた。

「吾妻総隊長。第三地区で紅叉と月砂が……」

「小競り合いをしている……だろ? ついさっき理七りななからそのことを聞いて、地区担当官の師崎もろざきに出動を要請した。それと、ちょうど君を呼ぼうとしていたところだ」

 身支度をしていた吾妻は、自分についてくるよう鷹取に言った。

「研究都市にネズミが紛れ込んでいる。牽制のため、俺たちも出るぞ」

「わかりました。それはいいのですが総隊長……」

 鷹取は不満をぶちまける。

「ティーカップでコーンポタージュを飲むのはやめてください。センスを疑います」

「うまいもんはうまい。合理的な考え方だろうが?」

 そんな会話を交わしながら二人が学連本局のロビーから出ると、三人の男女が待ち構えていた。

「向こうからわざわざお出でになるとは……」

 吾妻が敵意も露わに問いかける。

「前島さん。公安がこんなところに何の用だ?」

 前島まえじまたつのり警視はあっけらかんと答えた。

「もちろん、観光だ!」

「ふん、ばかばかしい……」吾妻は続ける。

「ここは自治権が認められた東都研究都市だ。あんたら公安が出る幕じゃない」

 日本に五つある研究都市は、一般社会と異なる仕組みで動いている。それぞれの研究都市には、霊気力を研究することを目的とするいくつかの研究所が存在し、研究都市のまつりごとの運営は、研究所が握っている。

 ここ、東都研究都市で設立当初から覇権を争っているのは、紅叉を有する樋口研究所と、月砂を有する丹羽研究所だ。主にこの二大研究所が、東都の自治を取り仕切っている。そして、二大研究所による行き過ぎた独断専行ならびに相互干渉を未然に防ぐため、「学連警備団」という、いわば自警組織が目を光らせているのだ。

 したがって、内政不干渉であるはずの東都を公安が訪問することなど、ほとんど前例のない事態だった。吾妻は不愉快そうに鼻を鳴らして、前島辰典の隣のスタイルのいい女性捜査官に話しかけた。

「なあ、前島さんが言ってることは嘘だろ?」

「うん、嘘だね」

 前島の部下、むらひめはタバコの煙を吐きながら、さらりと答えた。前島は蒲村を見つめ、がっかりした口調で言った。

「ちょっ、ヒメ、なんですぐばらしちゃうの! もうちょっとこうなんか、緊迫した駆け引きみたいなさぁ……」

 すると、蒲村は煙草を前島の頬にぐりぐり押し付けながら怒鳴った。

「うっとーしんだよ、このダメオヤジ! 駆け引きとか苦手のノータリンのくせして無駄に会話パート引き伸ばそうとしやがってコラァ!」

「あついあつい! ごめん、悪かった! オジサンが全部わるかった!」

「護、説明してやりなさい」

 蒲村は前島の左側に控えている男、一ノ瀬護いちのせまもるに言った。一ノ瀬は鋭い眼光を吾妻らに向け、話しはじめた。

「あなたがた学連もご存知と思いますが、最近の紅叉と月砂の活動は目に余るものがあります。あなたがたがこれ以上、彼らの行動を看過するのならば、我々、公安が東都の治安維持に介入せざるを得ない。今日は、その旨を通達するために参りました」

「言われなくても分かっています」

 鷹取が言い返す。

「紅叉の『紅叉王キング』も、月砂の『砂の女クイーン』も、今はまるで表に姿を現しませんが、現れたが最後、一網打尽にするつもりでいますから」 

 鷹取の言葉を受けて、吾妻が加勢する。

「東都は俺たちが守る。あんたら公安の出番はナシだ」

 言い返そうとする蒲村を、前島が遮る。

「まあまあ、ヒメよ。若いリーダーが自分なりに考えてこう言ってんだ。ここは信じてみようじゃないか。俺たちは退こう」

 吾妻が「そうしてくれるとありがたい」と応じて、きびすを返したそのとき、前島が吾妻を呼び止めた。吾妻は冷淡な口調で言う。「まだ何か用があるのか?」

 前島は深刻な表情で言った。

「お前たち、TEBESテベスという存在は知っているか?」

「ああ、大体のことはな。数年前から国家の転覆を目的として、世界中でテロだの何だの物騒な事件を起こしてる犯罪組織だろう。その規模も首謀者もいまだ謎らしいが」

「そうだ。これはまだ確証がないから言いたくなかったんだが……。TEBESが日本にも狙いをつけているかもしれなくてな」

「何だと?」

「TEBESの目的が国家の解体ならば、真っ先にターゲットとなるのはこの東都に違いない。紅叉や月砂への対応で手一杯のところにつけこまれたら、東都の自治がどうだなんて言ってられなくなるのは分かるな?」

 前島は今度こそ立ち去りながら、最後の台詞を放った。

 

「TEBESの連中はとてもじゃないが、お前たちの手には負えん。今回は見逃してやるが、TEBESが関わってるとはっきりしたら俺たちの出番だってこと、覚えとくんだぞ、若人よ」    

 

☆どんどん登場人物が増えていくので頑張ってついて来てください。完全な偶像劇なので登場人物は多いです。

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第1章 コウと志乃 Part5

☆ついにロス誰1章ラストパートです。一人、夜風に当てがれながらコウが向かう先とは? 

 

 コウは白神研究所の裏の林を抜け、ぽつねんと立っているネコヤナギの木陰へ歩いていった。ひと気のないこの場所は、世間から切り離されて一人で考え事をするのにうってつけの場所だった。

 

 ところが、今夜は先客がいた。コウと同じくらいの年恰好の男が、木の根元に寝転んでいる。声をかけるのもためらわれて、コウは所在なく立ち尽くした。すると、コウの存在に気付いた青年が話しかけてきた。

「あれ、どちらさん?」

「いや……」

 見知らぬ人と通り一遍の会話を交わすのを面倒に思ったコウは、軽く頭を下げて立ち去ろうとした。ややあって、青年が訊いてくる。

「あ、もしかしてここ、君のお気に入りの場所だった?」

「……まあ、そんな感じっちゃそんな感じだな」

「それは悪かったね。じゃ、僕はもう行くよ」

 青年はゆっくりと腰を上げ、大きく伸びをして脱力する。どことなく締まりの無い顔だ。コウはそんな青年の顔をちらりと見て言った。

「ここ、俺の特等席ってわけじゃねぇよ。追い出すみたいで気分わりぃから、もうちょっといたらどうだ」

「あ、そう。じゃ、遠慮なく」

 青年はすとんと腰を下ろし、木の幹にもたれかかった。コウも、青年から数メートル離れたところにのろのろとあぐらをかいた。

 なんとも気詰まりな距離感。コウは心の中でため息をついた。

 関わりあいになってしまったからには、多少は世間話も交わすべきだろうか。一方、そんな義務感に駆られた会話を展開して何が面白いのか、という投げやりな気持ちもある。かといって、さっさと帰ってしまうのも後ろめたい気分だ。

「なんか、面倒だね。この感じ。初対面の二人がさ、こうしてさ」

 不意に青年が、コウと同じ思いを口にしたので、コウは驚いた。見ると、青年は眠そうな目で星空を眺めていた。コウは、青年につられて素直な言葉を吐き出した。

「ああ。面倒くせぇ」

「よかった。同じで」

 青年はそう言って、再び横になった。コウも草の上に身を倒した。

 それからしばらく、二人は黙って空を眺め、うつらうつらしていた。

 どうやら、青年も自分と同じ面倒くさがりの性格のようだ。面倒くさがりが二人集まると、こうも気楽に無言になれるんだなと知って、コウはくすぐったい気分だった。

 いつの間にか眠っていたらしい。目を開けると、空の端が明るくなっていた。コウは明け方の冷気に身震いし、くしゃみをした。すると、隣から青年の声がした。

「僕のほうが、少し早かったみたいだ」

「何が?」

「目を覚ますの」

「ああ、そう」

 心底どうでもいいと思った。でも、面倒くせぇ、とは感じなかった。

 青年はふふんと小さく笑った。

「いいね」

「何が?」

「君のそういう感じ」

「確かにな」

 コウの適当な答えに、青年はにやっと笑みを浮かべて立ち上がった。

「帰るよ、そろそろ。無断で出歩いたことがばれて、ボスに怒られると面倒だから」

 じゃあまた、と言って立ち去る青年に、コウは「おう」と軽く手を上げた。

 その直後、林のほうから自分の名を呼ぶ声がした。志乃の声だ。コウが身を起こすと、林の中から眠そうな志乃が姿を現した。

「おはよー。昨晩はどこ行ってたの?」

「別に。ずっとここにいた」

 コウは志乃と並んで歩き出す。志乃がコウの顔を覗き込んで訊いてきた。

「コウくん、なんかいいことあった?」

「は?」

「いや、ちょっと清々しいような顔してるなーと思って。仏頂面がスタンダードのコウくんにしては珍しいな、って」

 コウは顔をそむけて言った。

「別に何もねーよ。さっきちょっと、面倒くせぇ奴に会っちまっただけだ」

 

☆否が応でも自分の進路先について考えなければならない大学3年生。「自分のやりたいことは何なのか?」と言う答えに詰まる人続出。「やりたいことがある」っていうのは叶わないとしても幸せなことなのかもしれませんね。

 

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第1章 コウと志乃 Part4

 

 志乃が白神研究所に通うようになってちょうど二週間が経った。志乃はすぐにメンバーたちに溶け込めた。しっかり者の冷花、お調子者のヤス、真面目で頑固なりっくん。性格も趣味もバラバラな彼らから、志乃は考古科学のいろはや仕事のノウハウを学び、充実した毎日を送っていた。

 そんなある日のこと。白神所長以下研究所のメンバーは、半日かかって亥城遺跡の発掘品の解析を終え、会議室で一息ついていた――ある一人の男を除いて。

「そう言えば、コウは? 夕方くらいから姿を見てないような……」

 冷花は誰にともなく尋ねた。ぐったりと椅子にもたれたヤスが投げやりに言った。

「どうせまたサボリじゃね? 所長、コウのヤツ、いつになったら真面目に働く気になるんすか?」

「まぁ、そう言いたくなるのも分かるけど、彼は彼なりに頑張ってるんだ。多少のことは目をつぶってやろうじゃないか」

 白神所長がなだめるようにそう言うと、りっくんが時計をちらりと見やって呟いた。

「しかし、もう七時だ。いくらなんでも帰ってくるのが遅すぎやしないか」

 りっくんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、志乃は待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がった。

「じゃあ、私が探してくるよ。人知れず怪我でもしてたら大ごとだし」

 虚西コウ――志乃はこの二週間、彼とだけはうまく接することができないでいた。こちらから話しかけてもそっけないし、コウはしょっちゅう一人でぼんやりしていて、何を考えているのか分からないところがあった。

 これは距離を縮めるいいチャンスだ。そう思って駆け出そうとする志乃を、白神所長が呼び止めた。

「それはありがたいけど、探すアテはあるのかい?」

「うーん、ぶっちゃけないです!」

 志乃のよどみない返答に、白神所長は苦笑いをする。

「裏の林を抜けた先にある、ネコヤナギの木のあたりを探しておいで。あそこは彼のお気に入りの場所だから、もしかしたらそこにいるかもしれない」

 はい、と言って志乃はどたどたと慌しく研究所を出て行った。

 数分後、パァーンという乾いた音が立て続けに窓の外から聞こえてきた。白神所長たちが窓の外を覗くと、色鮮やかな花火が夜空を埋め尽くしていた。

冷花は嬉しそうな表情で提案した。

「そうだ! 今日って第二地区のお祭じゃん。ねぇ、みんなで行こうよお祭! コウを探しがてらにさ!」

 志乃は林を抜けて、あたりを隈なく探していたが、コウどころか人っ子一人見当たらない。落胆していると、携帯情報端末フレキシブルフォンが点灯した。冷花からの連絡だ。志乃はボタンを押して、音声メッセージを再生する。

《志乃~。突然なんだけど、お祭行かないかってことになって、今みんなで出かける準備してまーす。志乃もコウなんかほっといて、戻って準備しない?》

 行事やイベントが大好きな志乃は、みんなとお祭に行くことを考えただけで心が躍った。でも、自分からコウを探すと言って飛び出した以上、もう少しねばってみようとも思った。志乃はそのことを冷花に連絡すると、再び駆け出した。

 土手の急な斜面を這うようにして登ると、大きな川に面した河原に出た。川は志乃の視界を横切って、蛇行しながら長々と伸びている。

 花火が打ち上げられるたびに、黒い川面に七色の光が躍った。志乃がその光景に見惚れていた、そのとき。右手から、威嚇しあう猫の鳴き声が聞こえてきた。

 見ると、二匹の猫は鋭い爪で引っかき合っていた。かなり激しい喧嘩だ。このままでは二匹とも大怪我を負いそうだった。心配になった志乃が駆け寄ろうとした瞬間、突然、河原からコウがぬっと姿を現し、右手で猫をつかんだ。  

 そのあとの光景を見た志乃の心臓は大きく跳ね上がった。つかまれた猫はまばゆく光ったかと思うと、地面にばったり倒れたのだ。コウはぶつぶつ言いながら、二匹の猫を別々の方向に放り投げた。

「花火に見向きもしないで喧嘩するなんて、風情もくそもねぇ猫たちだな」

「コウくん……?」

 志乃の声に気付いたコウは、ハッと志乃のほうを振り向いた。志乃は尋ねる。

「今の、何したの……?」

「何でもねぇよ」コウは目をそらして言った。

「お前には関係ねぇだろ。いちおう言っとくと、猫、死んじゃいねぇから安心しな」

 志乃がコウを見つめて突っ立っていると、コウは気まずそうに言った。

「お前も見たらどうだ、花火」

「え? あ、そうだね!」

 志乃は明るく言ってコウの隣に腰を下ろすと、真っ先に思い浮かんだことを喋った。

「おなかへったなぁ……」

「飯、まだ食ってねぇのかよ」

「んだってんだよ、その言い方? マジありえなくね? おめーを探しに来たから食べてねぇんじゃん?」

 志乃はにっと笑った。

「どう? 似てた? 今の、ヤスのマネ」

「ああ、似てる似てる」

「んもー、答え方テキトーすぎ」

 志乃がそう言ったあと、巨大な花火が立て続けに打ち上げられ、まばゆい閃光が空を覆い尽くした。志乃は、気になっていたことをコウに尋ねてみた。

「あのさ、コウくんは一人でいるのが好きなの?」

「……」

「今日みたいに仕事をサボるのも、面倒くさいからっていうのは言い訳で、実は一人になりたがってるんじゃないのかなー、って……」

 花火を見上げていたコウの視線が、段々と足もとに落ちていく。志乃は手足をばたばたさせて慌てた。

「あ、いや、もし気に障ることを言っちゃったならごめん。でも、何かいつもそういうふうに見えて。ほかのみんなも、そう思ってるから面と向かって仕事サボるな、って言いにくいのかなー、って」

「研究所に入ってたった二週間なのに、色々と詳しいんだな」

 コウはそう言って、志乃をちらりと見やった。志乃は花火の音に負けないように声を張り上げた。

「分かるよ! なんとなくだけど、見たら分かる。私、コウくんとも仲良くなりたくて――」

「分かるって何だよ。何が分かるんだよ。そうやって、簡単に人間関係を掌握した気になんじゃねぇよ」

「え……」

「てめぇと俺は別の人間だ。てめぇがたった二週間で蓄えた情報で、俺を分析しきった気になんなよ。簡単に人のことを分かるなんて口にすんじゃねぇ。もっと分かりづらいもんだろうがよ、俺もてめぇも」

 コウは何かを吐き出すように一気にまくしたてると、黙りこくった。

 急に、秋の夜の寒さが志乃の身に沁みてきた。厚手の上着を一枚、羽織ってくればよかったと志乃は思った。

「わりぃ、言い過ぎたよ。ごめん」

 突然、コウが詫びた。

「帰るか。寒くなってきたし」

「ぬぁー、もうだめだ! おなかすいた!」

 志乃は何かに弾かれたように立ち上がった。

「お祭いこっか、コウくん」

「え?」

「屋台を見て回ろうよ。私、久しぶりに屋台の焼きそば食べたい気分!」

 志乃はコウの二の腕をつかんでむりやり立たせた。二人は橋を渡った先にある屋台を目指して歩き出した。

 屋台が軒先連ねる通りは案の定、人でごった返していた。志乃はあまりの空腹で、ヨダレを垂らさんばかりに屋台の食べ物を眺めていると、不意に通行人に激突され、志乃はコウの胸に飛び込んでしまった。

「あ、ごめん!」

 志乃が慌てて身を離そうとしした、そのとき。

「おいおい、そこのお二人さん。なーにいちゃついてんだ?」

 ヤスのはやし立てる声が聞こえた。見ると、白神所長、ヤス、りっくん、そして浴衣姿の冷花が、志乃とコウをまじまじと見つめていた。各々りんご飴や焼きイカを手にして、すでにお祭を満喫しているようだ。白神所長たちは人ごみを掻き分け掻き分け、二人に近づいてきた。

「僕らをほっぽって二人でデートとはなかなかやるねぇ、いひひひ」

 お酒をひっかけてきたらしく、真っ赤な顔の白神所長がにやけながら言った。

「勘違いですよっ。デートなんかしてないってば!」

 志乃のあわてふためいた釈明に、冷花も疑いの眼差しを向ける。

「怪しいよねぇ……。私が誘ったら断ったのに、どうしてコウと二人で来てるのかなぁ……?」

「ちょっと、冷花までやめてよ。それより冷花、似合ってるね、浴衣」

 志乃はここぞとばかりに話題を変えて、冷花の浴衣の袖をすりすり撫でさすった。冷花はにっこり微笑んだ。

「ありがとう。わざわざいったん家に帰って着てきた甲斐があったかな?」

「あるよあるよ、超あるよ! ナース服と浴衣は女の魅力が三割増しだって、ウチのお父さんが言ってたよ」

 志乃は話題を変えられたことに安堵して、的外れなことをべらべら喋った。冷花はコウをちらっと見やって訊いた。

「で? コウはどう思う?」

「何が?」

「何がって、あんた会話聞いてなかったの? だから、その、浴衣のことよ」

「ん、ああ。似合ってるよ。ナース服と浴衣は女の魅力は三割増しだって、今どっかで聞いたような」

「それ、私が今言ったんだよ。コウくん、やっぱり話聞いてないね」

 志乃が呆れたように言った。冷花もツン、とそっぽを向いて、白神所長の腕を引っ張った。

「所長、あんなバカはほっといて、あそこの金魚すくいでもやりましょうよ」

「そらきた。僕ぁ若い頃からこういうことにかけちゃ腕が立つんだ。屋台十種競技なんてのがあったらだね、間違いなく優勝候補ですよ僕ぁ。いひひ」

 白神所長は腕まくりをしてやる気満々だ。しゃくれ顎の屋台主がふらふら近づいてくる白神所長を煽り立てた。

「よっ、そこの大将。ずいぶん景気が良さそうじゃねぇの。一回三百円で金魚釣り放題、やっていくだろ?」

「当然だよ。しこたま釣って早々に店じまいにしてあげようじゃないか。おい、ヤスくんとりっくんも来るんだ。誰が一番多く釣れるかやろうじゃないか!」

「おっしゃ! この一世一代の大勝負、誰にも勝ちは譲らねぇからな!」

 ヤスが威勢よく叫んで、しゃくれ顎の屋台主から器具を受け取った。りっくんも静かに闘志を燃やしている。

「ふふん……普段の修行の成果を見せてやろう」

 なんだか言っていることはえらく一丁前なので、そのあたりにいた客が物珍しげに集まり出した。しゃくれ顎は商売、商売と呟きながら大声を張り上げる。

「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、金魚を賭けた大勝負、どなたが勝つかとくとご覧じろ!」

 冷花は白神所長の隣で真っ赤になって小さくなっていた。

「なんでこんな大袈裟な感じになってるのよぅ……」

 一方、焼きソバを十箱も買いこんできた志乃は、コウと一緒に遠巻きの見物だ。

「やっぱりファニーな人だね、ヤスもりっくんも」

「俺にはお前の食欲も相当ファニーに思えるけどな」

 コウは、焼きソバをちゅるちゅるやりだした志乃を呆れ顔で眺めた。

 さて、金魚すくい対決の方はというと、観客たちもがっかりの大凡戦に終わった。

 ヤスは開始十秒で紙に大穴が開き、癇癪を起してリタイア。その五秒後にりっくんの器具もダメになるも、「まだだ……まだ終わってはいない……」とぶつぶつ呟きながら必死の形相でプレーを続行。最後まで残っていたのは白神所長だったが、一匹も釣れないまま器具をダメにした。

「ちくしょー、こんなちまちまやってられないね! 今度はつかみどりで勝負だよ!」

 白神所長は怒鳴って水槽に手をつっこもうとした瞬間、酔いが回ってよろめき、身体ごと水槽に突っ込んでしまった。

「所長、バカッ……」

 冷花が慌てて救い出そうとする後ろで、野次馬が好き勝手に騒いでいる。

「あのおっさん身体はってんなぁ」「金魚が死んじまうぞー」「おい、今度は姉ちゃんがおっさんを釣り上げる番だぜ!」「姉ちゃん、可愛い顔してこんなジジイのお守りとは大変だねぇ」「姉ちゃん、そんなおっさんほっといて俺と遊ぼうよ」「姉ちゃん……。ウへへ」

 しゃくれ顎は水槽に浮いた白神所長を見下ろし、困ったように顎を掻いた。

「おいおい、これじゃ商売上がったりだよ。お姉さん、こちらの大将あんたの連れだろ? 何とかしてくれや」

 しかし、冷花は聞いていなかった。冷花はゆらりと立ち上がると、野次馬に向かって耳をつんざくような大声で吼えた。

「さっきからやかましいのよ、クソ野郎ども! これ以上好き勝手なこと言ってたらぶっとばすわよ!」

 野次馬たちは、冷花から放たれる凄まじい殺気に怖れをなして、小鹿のように逃げていった。志乃は焼きソバをすすりながら頷いた。

「なるほどー、あれが白神研究所の名物『黒い冷花』ってやつだね」

「そういうこった。あれが黒條の黒條たる所以だ」

 コウがささやき返すと、冷花の鋭い眼光が二人を捉えた。コウが身震いして俯く。

「やべ、聞こえてた」

「あんたたちも余計なこと言ってる暇があったら、所長の介抱を手伝ってよね。……ちょっと、そこの野次馬ども!」

 冷花は逃げようとしていた野次馬の残党を目ざとく呼び止めた。野次馬たちはびくっと肩を震わせて訊いた。

「へぇ、なんでしょう?」

「どうせどっか行くなら、近くの薬局で気つけ薬買ってきてくれる? 超特急でお・ね・が・い」

「へ、へい、承知しました……」

 野次馬たちは半べそをかきながらどたどたと走り去っていった。

 その後、白神所長の酔いを醒まし、金魚屋に謝罪をしたあとで、一行はいたって普通にお祭を楽しんだ。射的に輪投げ、くじ引きに占い。いくら科学技術が生き方や町並みを変えようとも、しぶとく残り続ける遊びの数々を、みな子供のように楽しんだ。

 やがて、すっかり普段の紳士調に戻った白神所長が、腕時計を覗き込んで言った。

「これで一通り堪能したかな。もう十一時だ。今夜はもう遅いし、みんな研究所に泊っていったらどうだい?」

「賛成!」

 お泊りとか修学旅行の夜とかのテンションが大好きな志乃が、真っ先にぴょこんと手を挙げた。コウを含めた全員が頷き、一行は研究所へと戻った。

 誰もが昼間の仕事とお祭とで疲れきっているはずなのに、一時を過ぎても二時を過ぎてもみんな会議室に残って眠ろうとしなかった。白神所長とりっくんはお酒を交えて陽気に語り合い、志乃と冷花のひそやかなガールズトークにヤスが茶々を入れては怒られていた。

 コウは、部屋の入口に近い椅子に腰掛けてそんな光景を眺めていた。誰かに話しかけられればそれに答えはしたが、自分から会話に加わろうとはしなかった。

 コウの頭の中ではさっき、自分が遮ってしまった志乃の言葉がとぐろを巻いていた。

『私、コウくんとも仲良くなりたくて』

 そんなストレートの言葉を投げてくる綾崎志乃という存在が、コウには新鮮だった。新鮮なだけあってけむたくもあり、こそばゆくも感じられた。

 コウは、大口開けて笑っている志乃を見つめて不思議に思った。志乃は、誰かと理解しあえるのが当たり前だと思っている。そのことを志乃は信じて疑わない。コウと理解しあえることも、そう信じて疑わない自分のことさえも。

 不意に、志乃がコウの視線に気付いて顔をコウのほうに向けた。

「何、コウくん? 今、私のほう見てなかった?」

「こっそり聞き耳でも立ててたの? だとしたら悪趣味よ」

 冷花は浴衣の件をまだ根に持っているのか、口調がどこかつっけんどんだ。

 コウは首を振って立ち上がり、ドアに手をかけた。

「いや……。とにかく、綾崎、今日は悪かったな。ついカッとなっちまって」

「いいけど……どこに行くの?」

 志乃はコウを見上げて尋ねた。コウはぶっきらぼうに答えた。

「ちょっと散歩だ」

 

☆ 長生きしたいなら激しい運動はあまりしないほうがいい。過度な運動・筋トレは寿命を縮める。その点、散歩はすごく健康にいいらしい。哲学者のカントなどはよく散歩をしていたらしい。

 

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜  第1章 コウと志乃 Part3

 十分後、すすまみれのおじさんと、あとから来た所員たちとともに、志乃は会議室のテーブルについていた。志乃の来訪の理由を聞いたすすまみれのおじさんは、苦笑いして言った。

「水島さん、相変わらずの面倒くさがりだなぁ。僕よりはるかにいろんなことを知ってるくせに、自分で話そうとしないんだから」

「私、ここに上がりこんで迷惑でしたかねぇ?」

 志乃が遠慮がちにそう言うと、おじさんは首を振って答える。

「とんでもない。君みたいに好奇心旺盛なお嬢さんは大歓迎だよ。そうだ、紹介が遅れたね。私はここの所長をやってる白神だ。せっかくの神々しい苗字に反して、部下たちが僕のことをてんで敬おうとしないのが常々の悩みでねぇ」

「んなことなくね?」

 お茶を淹れながら口を挟んだのは、木製バットを背負った長身の青年だった。

「俺はマジ所長リスペクトしてっけど? 所長のヒゲ一本一本にいたるまでこよなくリスペクトしてっけど?」

「ウン、わかった。綾崎さん、こいつは鑢やすり谷だに朋大ともひろくんだ。去年、新都研究都市の研究所から移籍してきたばかりの新米でね」

 鑢谷はういっす、と頭だけお辞儀をして、

「マジさ、東都の研究所で働くの超憧れてたっていうか。東都のアーバンな雰囲気マジかっけぇみたいな。ウチの地元なんかさぁ――」

「ヤス、それ以上のおしゃべりは無用だ」

 鑢谷を制したのは、白神所長の傍らに座っている、いかにも真面目そうな男だった。

「饒舌はお前のウィークポイントだ。しかし、それも特訓をすることによって改善できるはずだ。つまり、お前はまだまだ修練が足りないということだ」

「わぁってるよ、りっくん。おめぇに打順を譲るよ」

「俺は朝葉陸あさばりく。呼び名は、りっくんでいい。日々の鍛錬を愛する者だ。よろしくな」

 そのとき、会議室のドアが開いて、黒髪の女性が現れた。彼女は所長に報告した。

「所長、亥城遺跡C-2地区から発掘された銅鐸の搬送、終わりました。研究室の机に置いておきましたので。というか、また実験失敗したんですね。実験室、ちゃんと片付けといてくださいね」

「分かってるよ。それにしても、今回、発掘された銅鐸の文様は珍しい例だからね。研究がはかどりそうだよ。あ、綾崎さん、この子は黒條こくじょう冷れい花かさんね。まだ十八歳だけど、研究熱心な子だよ」

 冷花は志乃に向かって「よろしく」と言って微笑んだ。

 白神所長は、最後に残った、窓際のソファで身体を伸ばしている青年に向き直った。

「彼は……」

「あ、所長。俺、そういうのいいですから。どうせ長い付き合いになるわけでもねーんですし」

 投げやりにそう言うと、青年は携帯フレキ情報シブル端末フォンのホログラム・ディスプレイに目を落とし、操作しはじめた。白神所長は困ったように苦笑いした。

「すまんねぇ、綾崎さん。彼は誰に対してもあんな感じだから許してやってね。さて、君が知りたいのは白塔について、だったかな? うーむ、僕も自分なりに長年、霊気力や考古科学の研究を積み上げてきたつもりなんだけど、白塔に関する知識に限っては、新人の君とほとんど変わりはないかもしれない」

ヤス、りっくん、そして冷花は、神妙な顔つきで白神所長の話を聴いている。

 白神所長は真剣な表情で話を続ける。

「あの塔の内部はまるで迷宮だという。凡庸な者が入れば頂上にたどり着くことはおろか、二度と帰れなくなると言われている。しかし、特別な霊気力を身に備えた者ならば、塔の内部を自由に進むことができるそうだ」

 志乃は身を乗り出して質問を重ねた。

「霊気力って結局のところ何なんですか? ネットとかで調べたことはあるんですけど、いまいちピンと来なくて」

「簡単に言えば、霊気力というのは十年前、かの『世界英雄』神宮司亮介が率いる『アルカディア』が発見した、この世の万物に備わっているエネルギーのことだ。われわれ人間にもこの霊気力は備わっていてね、霊気力の量や性質、得意な使い方には個体差がある。かつてオーラとか、エスパーといった言葉で説明されてきたもの、そういうものはこれまで可視化したり現前させたりするのが困難だった。それを可能にしたのが『アルカディア』ってわけだ」

「万物に宿る力……」

 志乃の目はきらきらと輝き出した。

「それをみなさんは考古学で研究しているんですね?」

「正確には考古科学、だね。僕たちの研究は、考古物が持つ霊気力を科学的な方法によって引き出し、解明することだ。長い年月を地中で生き永らえてきた考古物の霊気力は、底知れないパワーを秘めている。例えば、僕がいま使っているこの湯飲みは3〇〇〇年前に実際に一般人が使っていたものなんだが……」

 志乃は思わず椅子ごと後ろへ飛びのいた。白神所長が右手にぐっと力をこめたとたん、湯飲みが犬の形に変化して、テーブルの上を走り回り始めたのだ。

「こういうことができるわけだ。今のは湯飲みの材質に、水分が持つ生命力が高い霊気力を注入して変形させたんだ。もっとも、この湯飲みは大した素材じゃないからこの程度のことしかできないけどね」

 ここで、冷花が口を挟む。

「ただ、所長のように複数の異種霊気力を同時に操って、複合化・変形させてしまう能力は極めて稀なのよ。所長がもともと持っている霊気力量はゴミクズ程度だけど、その代り、所長は霊気力の性質変化の能力に特化しているの。誰しも今みたいなことができるわけじゃないのよね」

「ゴミクズって、冷花くん……。君、たまにそういうとこ出るよね。黒條の黒條たる片鱗を垣間見せるよね。……いちおう補足すると、自分の霊気力の量と、他の個体の霊気力を引き出す能力とは別物ってことだね。どちらかのみに秀でている者もいれば、両方とも優れた者もいると」

 白神所長は湯飲みを元の形に戻し始めた。一方、霊気力の力をはじめて目の当たりにした志乃の胸の鼓動は、ぐんぐん強くなっていった。

 すごい、と志乃が大声を上げたので一同はびっくりして志乃に注目した。志乃は立ち上がって叫んだ。

「すごいよ。人間やモノにこんなすごい力が眠っているなんて。なんか感激しちゃった! おじさん、じゃなくて所長! 私をここで雇ってもらえませんかっ!」

 志乃は所長に向かって思いっきり頭を下げたせいで、額をテーブルに打ちつけた。

「いだーい!」

 大声を上げて後ろにひっくり返った志乃は、背後の本棚に倒れこみ、降ってきた本の下敷きになってしまった。

 りっくんが呆れ顔でつぶやく。

「同僚が増えるのは我々としても嬉しいが、果たしてちゃんと働けるのか、彼女は?」

白神所長はハッハッハと大笑いして志乃を助けおこしながら言った。

「なーに、元気があっていいじゃないか。よーし君、採用!」

「やったー!」

 うれしそうに飛び跳ねる志乃の足もとで、またしてもビリッという不吉な音がした。

志乃がおっかなびっくり下を見ると、踏み潰された本のページが破れている。

「そうそう、忘れるところだったよ」

 にっこり微笑んで白神所長は志乃の肩に手を置いた。

「破損した本の弁償が済むまで君、無給だから」

「うげっ……うそでしょ?」

 志乃は餅をノドにつまらせたような顔でヤスやりっくん、冷花に助けを求めた。

「みなさーん。どうしましょう……」

「自業自得じゃね?」

 ヤスが愉快そうに笑う。りっくんと冷花もつられて笑った。

 志乃は最後の頼みの綱である、部屋の隅の青年のもとににじり寄った。

「ちょっとー、君からも所長さんに何とか言ってやってよー」

「……」

 反応がないので志乃がよく見ると、青年はすやすやと眠りこけていた。

「うにゃああああ! 寝るなあああ!」

 志乃は青年をひっぱたいて叩き起こすと、「というか、」とつっかかった。

「自己紹介も終わってないのに寝るとか非常識すぎ!」

「うるせ、でけぇ声出すな。ツバ飛ばすな。くせぇから」

「初対面の女の子に向かってくせぇとか失礼だなぁ! ってか、君の名前教えてよ。……長い付き合いになるかもしんないじゃん」

「しょうがねぇな」

 青年は充血した目を擦りながら、ぼそぼそと低い声で名乗った。

「虚きょ西せいコウだ。みんなコウって呼んでるから、あんたもそう呼べばいいんじゃない」

「なんだ、意外とちゃんと教えてくれるじゃん」

 志乃は笑顔で言った。

「コウくん、そしてみなさん。これからよろしくね。それから、交代制で誰かごはんおごってね。そうじゃないと私のお財布爆死しちゃうから」

「だーから自業自得だっつってんだろ!」    

 

☆ ついに主人公である虚西コウくんが登場しましたね。

  僕の書く物語は基本彼みたいな主人公が多いです。