ジャンプ型小説・ブログ集

週刊少年ジャンプみたく3人の著者が小説やブログを更新していきます。

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【2、広島の風景に関するエッセイ】(ゴクツブシ米太郎)

●高校生まで広島県で暮らしていたゴクツブシ米太郎が、身勝手ながら懐かしさに浸りながら、広島の風景を書き起こします。

 

 いきなり愚痴をこぼすのも無粋なことだけれど、広島駅って、見た目があまりパッとしない。遠くから眺めると、これが中国地方一の都市の玄関口なんだろうか? と首をかしげたくなる、ちょっと冴えないたたずまい。もう少し、オシャレしてもいいんじゃない。見慣れた駅に、そう声をかけてやりたくなる。

 ところがここ数年、当駅はようやく色気づいてきた。駅周辺の古い商店街が取り壊される代わりに、マンションやホテル、大型スーパーの建設が相次ぎ、新たな観光・商業エリアとして花開きつつある。いわゆる再開発というやつだ。

 広島市内に目を向けてみると、南北に大きな川がいくつも流れているせいで、広島市内は地下鉄の整備が難しい。そこで代わりに発展してきた交通が、車に紛れて路上をコトコト走っている路面電車だ。英語に直すとstreet carというだけのことはあって、信号が赤になれば止まるし、車内もこぢんまりしているが、個人的にそのやや古ぼけた雰囲気は好きだ。

 広島駅から出ている路面電車に乗り込み、揺られること数分、電車は車体を右方向にたわませると、猿猴川を跨いだ橋に差しかかる。

 荒神橋という、被爆の経験を持つ古い橋である。

 このあたりは道が込みやすいので、路面電車ものんびり進む。移動しながら広島の風景を眺めるには、うってつけのスポットかもしれない。

 橋の真ん中あたりで遠くに視線を投げると、こぢんまりとした教会の尖塔形の建物が、視界の中央に捉えられる瞬間がある。四角四面のテナントビル群の狭間から垣間見える、その異国の建物の姿は、どこかピクチャレスクな気配を漂わせている。橋を渡した川の両岸には桜の木々が行儀よく立ち並んでいて、春の装いを今か今かと待っている。

 広島市内には多くの川が流れている。と、一口に言っても、川の幅や長さ、川の周囲の自然環境や建物がちがうと、川それ自体も、ほかの川とぜんぜんちがって見えるからおもしろい。

 それに、川には昼の顔と夜の顔がある。よく晴れた昼日中、ゆっくりと流れていく川の水面を、小粒の日の光が幾重にもまたたいて追っていく、追っていってきらきらと戯れている。そしてだんだん空の色が重くなると、光り始めた家やビルの小さい明かりが、黒々した川の上を沈まないで、ぽつぽつ浮いて揺れている。

 

 猿猴川から離れ、市内中心部に移ろう。太田川元安川と分岐する地点にあるのは有名平和記念公園だ。そして、その対岸には原爆ドームが立っている。原爆ドームの周囲には黒い柵が設けてあって、当然のことながら進入はできないが、かなり近くで建物全体を視界におさめることができる。

 爆風で粉砕されて残った「瓦礫」もそのまま保存されており、構造上、不安定な部分は鉄筋で支えられている。ご存知のとおり、この建物は、原爆の残酷さを後世に伝える遺物としての価値から世界遺産に登録され、毎年多くの観光客が足を運ぶ場所だ。この満身創痍をさらけ出した姿だからこそ価値があるのだし、これを建て直すべきではないという理屈は分かっている。ただ、分かっているつもりでも、この姿はとてつもなく痛々しい。

 言葉というのは残酷だ。私はさきほど瓦礫という言葉を用いた。東日本大震災が起こったあと、私たちはこの言葉を連日、ニュースや新聞で聞き慣らされてしまった感がある。瓦礫の処理、瓦礫の撤去作業、瓦礫、瓦礫、瓦礫……。

 建物が破壊され、原形を留めぬ無数の断片として地面に散乱したとき、それは瓦礫と呼ばれる。その建物が、公衆便所であろうと、ファミレスであろうと、何十年も家族の思い出が詰まった温かい住居であろうと、みな等しく「瓦礫」になるのだ。

 直ちに片付けられるべき再生不能の存在として、いずれの「建物だったもの」にも無慈悲な等価の審判が下される。「瓦礫」という言葉で呼ばれることで、「建物だったもの」は二度目の破壊を被る。それが「建物であった」ことにまつわる記憶を破壊されるのだ。

 だからこそ、原爆ドームはこのままの姿であらねばならないのだろう。「建物である」部分と、「建物であった」部分(「瓦礫」になってしまった部分)の共存関係は、原爆ドームが二度目の破壊の寸前に何とか踏みとどまっている危うさを、まざまざと見せ付けてくる。

原爆ドームを「遺物」「遺跡」と神聖視するのは決して悪いこととは断言できないが、その視座は現在から過去を振り返ることにほかならない。それは原爆ドームという建物を一面的にしか捉えていない。私たちは過去に居座り、過去だけを見つめる眼差しを養うべきだ。原爆ドームを戦争被害の記憶の集積の中心点にするのではなく、そして、もっと言えば、原爆ドームに「戦争被害」や「瓦礫」といった語りやすい言葉をまとわせるのではなく、原爆ドームを語る新しい言葉を常に探し続けなければならない。そうしなければ、私たちはこれから先、原爆ドームを幻想的な、実体のない言葉で語る羽目に陥ってしまう。

 

(おわり)

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【1-3、旅行論PART3】(ゴクツブシ米太郎)

●前回は、中世・近代において、人びとが「旅」/「旅行」に自由の表現を見出してきた、というふうなことを書きました。今回はそれに引き続いて、じゃあその「旅」/「旅行」の自由って何? ということについて書きます。「旅行論」完結編です。

 

 PART2の最後に書いた商品化された「旅=travel」の議論ですが、正直なところそんなものはさして意味のないものだと思っています。よく「旅」と「旅行」の違いとは? という議論を耳にしますが、どうしたって感性的なレベルでの水掛け論に終始しがちです。

 そういった議論で用いられる「旅」と「旅行」の定義とは、おおかた次のようなものでしょう。旅は、時に奇抜な交通手段を用いながら、自分の意志のままに、比較的長期間、多くの土地を渡り歩くこと。多くの場合一人または限られた少人数で行われ、規模によっては「放浪」などと言い換えてもいい性格のものです。

 それに対して「旅行」は、頭に「観光」や「慰安」などの文字を頭に足すことができることからも分かるように、何らかの形で規格化されたものである。また、娯楽が何よりも優先され、目的地や目当てのものがはっきりしており、さらに安全性が前提されたものである。人数は一人のときもあれば、団体ともなればかなり膨れ上がることになる。

 けれども、このような分別はあまり意味のないものです。個人的な感性に基づいて決められた線引きが万人に通用するわけではないし、それに、次のようなケースははっきりと「旅」と言いきることができるでしょうか。

 たとえば、ある日本人の若者が一人でアメリカ中西部の広大な砂漠を、ジープを運転して横断した。その後、彼はNYを訪れ、現地の酒場で意気投合したバリバリのニューヨーカー数名に案内され、市内各地の名所を見て回った。数日後、彼は貯まっていたマイレージを利用して、JALのファーストクラスに乗って帰国した。

 個人の感性に問うてみるまでもなく、先に確認した「旅=travel」の歴史に照らしてみれば、純粋な意味での「旅」は現代社会においてそう簡単には存在しないのであって、実態は「旅」の要素と「旅行」や「観光」の要素とが混淆したものでしかないと思われます。

 大切なのは、PART2の最後に書いた、「旅行」における真の自由です。確かに中世以降、移動の自由は徐々に拡大されてきました。

ところが、現代人はインターネットの情報サイトや、旅行雑誌に記載された情報というくびきに囚われてしまいがちであるのもまた事実です。その結果、事前に調べた目的地や観光スポットを見て回り、お土産を購入して帰路に着く、という「旅行」のスタイルが板に付いてしまっている。

 「旅行」よりも「旅」が好きなどと言う人はきっと、そのパッケージングが気に入らないのではないでしょうか。おそらく、彼らはこうも主張するだろう。もっと強固な自分の意志を持ち、目的を探すべきだと。それは正しい。しかし、私にはパッケージングが悪いとも思われません。それが「旅行」の行程や目的のおおまかな指標になることは間違いないし、仕事や学業で多忙な人にとって、一つの媒体に情報が凝縮されていると余計な調査の手間が省けるから大助かりです。

 繰言になりますが、「旅」と「旅行」の区別が重要なのではありません。自分の意志がすべてを変えるという考え方が重要なのです。日常生活に対して、「旅行」は非日常の時間的・空間的体験だと言えます。インターネットのサイトや旅行雑誌に記載されているのは、非日常的空間の、非日常的な対象なのです。それを楽しむことをやめる必要はありません。しかし、「旅行」が、情報サイトや旅行雑誌の追体験になってしまうようでは芸がない。PART1の冒頭で挙げた『チャタレイ夫人の恋人』の引用箇所には、そういった含意もありましょう。

 あの文言のそしりを免れるには、発想の転換が必要です。非日常的時間・空間で、日常的時間・空間を発見し、観察するという意識。これが必要だ。真新しい、刺激的な対象ばかりを追い求めるのではなく、公園に植わっている木とか、古本屋に並んだ書物とか、駅前の飲食チェーン店とか、何でもいい、あえてどこにでもあるようなものに眼を配ってみる。そうすると、「旅」/「旅行」のあり方や世界の見え方が少しずつ変わってくるにちがいありません。私も、市販の旅行雑誌に記載されていない情報だけで、自分オリジナルの旅行雑誌が作れるくらいに自由な「旅」/「旅行」を楽しめたら、と思っています。

 

(おわり)

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【1-2、旅行論PART2】(ゴクツブシ米太郎)

●「旅」、「旅行」という言葉の語源と、古代における「旅」のイメージを追った前回に引き続きまして、今回は中世・近代の「旅」のイメージを膨らませていきます。

 

 中世に至ってようやく人は旅する自由を手に入れます。『旅の思想史』によると、中世ヨーロッパの騎士たちは誰にも強制されず、自発的に旅をする「遊動性(モビリティ)」を手に入れたのです。また、中世に栄えたボローニャ大学などの学生たちは、ヨーロッパ各地を行脚して、専門的な知識を持った教授たちを探して回ったそうです(『大学の歴史』クリストフ・シャルル、ジャック・ヴェルジェ共著、白水社)。

 そして、近代になると水陸両面で交通インフラが発達し、「旅行=tour」が一般的に浸透するようになっていきます。近代以前は、旅人を送り出し、家で帰りを待つという役割に留まっていた女性も旅行の自由を得ました。

 いくつか文学作品を見てみますと、例えば、ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』では、積極的に愛を求める旅行に繰り出す若い女性と、それに当惑する男が描かれています。前回の記事の冒頭でも挙げた『チャタレイ夫人の恋人』では、戦争で負った怪我がもとで性的不能になった夫が、妻が子供を妊娠することを期待して、旅行と情事を勧める場面が描かれています。

 自由というのはいいものです。ジャン=ジャック・ルソーも『孤独な散歩者の夢想』で語っています。「自由とは、何でもかんでもやることができるという意味ではない。やりたくないことをやらない自由が真の自由である」と。

 『旅の思想史』でエリック・リードは、「現代人にとって『旅』とは、自由の表現であり、必然性と目的からの逃避である。また、新しく珍しいものを発見し、それに接近することでもある」と述べられています。

 この定義に関して異議を唱える余地はないように思われるし、ここで私が、上記のような現代人の欲望を満たすために「旅=travel」は「観光=sightseeing」と緊密に結びつきながら、商品化(パッケージ化)され、消費者に提供されてきた、と付け加えたとしても、概ねの同意を得られるのではないかとも思います。

 

(1-3につづく)

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第3章 月は無慈悲な砂の女王 Part1

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☆そして物語は第3章に入る。それぞれの思惑が交差し一同は白塔へと集う。

 

 不気味な男の手が伸びてきて、危うく捕らえられそうになる。

 足が動かない。金縛りにあったかのようだ。逃げなきゃ。頭では分かっているのに……。男が何か言う。男の手は目の前で止まり、スッと引っ込んだ――

「……志乃! 志乃!」

 自分を呼ぶ声に意識を揺さぶられて、志乃は目を覚ました。

「白塔、着いたけど大丈夫? なんか、苦しそうだったけど……」

 冷花が心配そうな顔つきで、自分の様子を窺っている。

 白塔に向かう車の中で、どうやら気がつかないうちに眠っていたらしい。

「ありがとう、冷花。もう大丈夫だよ。ちょっといやな夢を見ただけ」

 志乃は笑顔でそう言って、ワンボックスカーを降りる。まだ夢の映像が頭に残っていて、気分が悪かった。

 首筋や下着にいやな汗がにじんでいる。ひんやりした外気に、志乃は身震いした。

 先週、決まったとおり、志乃たちは白神所長の運転する車で白塔にやって来た。高くそびえ立った白塔の外壁には傷一つ見当たらず、滑らかな光沢を放って志乃たちを見下ろしている。

 一行は、正面の入り口から白塔の内部へと進入した。内部にはところどころに灯りがあるものの、薄暗くて不気味だ。白神所長がひそひそと囁く。

「いいかい、みんな、僕から決して離れないように。それから、それぞれ周囲に気をつけながら歩くこと。いいね?」

 皆、神妙な顔つきで黙って頷いた。今回の探索は、楽しいピクニック気分というわけにはいきそうになかった。

 覚悟を決めて白塔の中へ入った志乃だったが、若干の眩暈と耳鳴りがして気分が悪い。しかも、その度合いは弱まったかと思えば強くなるなど、まるで電波を受信し損ねているラジオのようだった。

「通路が何本にも枝分かれしているようね」

 冷花の発言に、りっくんが頷く。

「ああ。このままでは迷子は確実だな。ということで、」

 りっくんはリュックサックからポテチの袋を取り出した。

「通った道にポテチのかけらを置いていこう。古典的な方法だが、地図もない以上、これがベストだろう」

 一行は何度も角を曲がり、どこまで行っても変わりばえのしない通路をひたすら進んだ。ヤスが、「つーか、どこまで続いてんの」と言ったあたりで、志乃は妙だと思った。

 ――なんだろう、この嫌な感じ……。白塔全体がざわめいているような……。

 そのときだった。

「あっれー、あなたたちだれですかー? 紅叉のメンバーでもないですねー?」

 この不気味な塔に似つかわしくない、のほほんとした声が響き渡った。

 声のするほうを見ると、板金鎧(プレート・アーマー)をあしらったワンピース姿の女性がにこにこと微笑んでこちらを見つめている。まだ幼い少女のようにあどけない笑顔には、思わずつられて笑いかけそうになる魅力があった。

「もしかしてあなたたちもー、探検しに来たんですかー?」

「そうなんスよ~。いまんとこ歩いてばっかで収穫ゼロでー」

 と気さくに答えるヤスを、白神所長が遮った。

「見かけに騙されるんじゃないよ、ヤスくん。こんなナリだが、彼女は月砂のメンバーの一人、和泉木葉(いずみこのは)くんだ」

「月砂!?」

 一同の身が固くなる。和泉木葉はうふふっと笑い声を漏らす。

「そーゆーあなたは、『七色の複合術師(トリックミキサー)』、白神さんじゃないですかー。まさかこんなところで会えるなんてうれしいですー。ねーねー、どーして月砂に勧誘されたとき断っちゃったんですかー? リーダーはあなたのこと、すっごく気に入ってたみたいですよー?」

「悪いけど、そんな昔話に付き合ってるヒマはないんだよね」

 白神所長は上着のポケットから土くれを取り出すと、床に放って軽く蹴った。すると、土くれはむくむくと肥大し、壁になって和泉と白神所長たちとを隔てた。

「入口に戻ろう! 今日のところは引き上げるよ!」

 白神所長の一声で一同が走り出したそのとき、背後でピシッという音が聞こえた。みんなが振り返った瞬間、壁は粉々に吹き飛んだ。和泉は鎖鎌を振り回しながら、笑顔のまま距離をつめてくる。

「やっぱり白神さんの霊気力は使い勝手がいいですねー。でも、この程度で私を足止めできると思ったんですかー? あんまりなめてると殺しますよー?」

 たん、と床を蹴って和泉が前方に飛び、白神所長の胸部をめがけて鎖鎌を振り下ろす。しかし、冷花のほうが僅かに早かった。冷花は目にもとまらぬ速さで呪印を結ぶと、白神所長を結界で包み込んで鎌を弾き飛ばしたのだ。

「あっれー? そちらのお嬢さんも面白い技を持ってますねー。じゃあ、お嬢さんから殺してあげまーす」

「ここは私たちで食い止める! みんな、逃げて!」

 冷花は志乃たちに向かってそう叫ぶ。

「でも……」と志乃はちらりとコウの顔を窺った。

 コウも志乃を見返してくる。白神所長が声を張り上げた。

「これは所長命令だ。ここは我々に任せて入口へ逃げなさい!」

 四人は顔を見合わせ、力強く頷いた。

「所長、冷花、早く追いついてこいよ!」

 ヤスがそう声をかけ,四人は走り出す。

 いまや、志乃の頭は割れるような痛みを訴えていた。

 時どき、視界がかすむ。

 ――だめ、しっかりしなきゃ……。ここで倒れるわけにはいかない……。

 走りながら、りっくんが愕然とした声を上げた。

「どうなってるんだ!? 床に置いたポテチがぜんぶなくなってる。まさか志乃……。お前、腹が減りすぎて食べてしまったのか?」

「んなわけねーだろ!」

 ヤスが怒鳴る。

「月砂の連中が回収したんじゃねぇのか? 何の目的があんのか知らねぇが、俺たちをここに閉じ込めるためによ」

「そんな手間のかかることより、もっとマシな作戦を思いつきそうなものだが……」

「じゃあ何だってんだよ!?」

 一同は仕方なく、来た道を必死で思い返しながら走っていく。一分ちょっと走っただろうか。ある角を曲がりしなに、志乃はごつごつした巨大なものにぶつかって、尻餅をついた。

「あいてっ!」

志乃の頭上から、どんより沈んだ声が降ってくる。

「あのぅ……。このへんで、ワンピース姿の小さい女の人、見はりませんでした?」

 志乃はおそるおそる顔を上げた。巨大なものの正体は、ゆうに二メートルを超す長身の女性だった。筋肉質で大柄な肉体。和服にゴスロリ衣装を組み合わせた服。そして、小脇に抱えた童女の日本人形。すべてが気味の悪いほどちぐはぐだ。

「その人なら、さっき向こうで見たッス……」

 ヤスがおっかなびっくり答えると、巨大な女性は物憂げな表情で「そう、おおきに」と呟いて、立ち去りかけた。しかし、はたと足を止め、くるりと志乃たちを振り返る。

「っていうか、あんさんら。計画の邪魔やから、ここで消えてもらいます」

 

☆霊気力者は霊気力者を呼ぶ! 巨大な女性は「月砂」の一員か? それとも……。

ゴクツブシ米太郎といがもっちの懐かしの座談会 パート2

ニーチェ

ゴクツブシ:ニーチェ※1読んでるの?

いがもっち:ニーチェはちょっとかじっただけ笑 そんなに読んでない笑 ニーチェもたくさん本出しとるけど、とりあえず『善悪の彼岸』は完全に読んでみたいねぇ。……そう言えば、ツァラ……あれ、なんだっけ?

 

ゴクツブシ:ああ。『ツァラトゥストラはかく語りき』?

いがもっち:そうそう。そのツァラトゥストラってさ……あの……古代の「万物の根源は土・火・水・風」って言った人誰かいね?

ゴクツブシ:ええーっと……ああ、思い出したいけど思い出せないな

いがもっち:ああーっと……ああ、エンペドクレスだ。それがモデルになっているらしいよ

ゴクツブシ:へー。ピタゴラスしか覚えてなかった(笑)

 

※1 フリードリヒ・ニーチェ。ドイツの哲学者。ニヒリズムの生みの親。『善悪の彼岸』では、僕の好きな言葉「人は結局のところ対象そのものを愛しているのではなく自分の欲望を愛しているのである」が掲載されている。

 

プロフェッショナルorオールマイティ??

ゴクツブシ:最近、文学ばっかりじゃなく他にも視野を広げないといけないって思うようになってきたわ。社会学とかメディア論とか。

いがもっち:うん。そうよね……それはもうなんか文学にかかわることというか……最近よく言われていることが、「最近の大学は専門にはしり過ぎている。そろそろ体系的に研究しないといけない」。やっぱり一分野だけでなく、他分野にまたがる研究をした方がいいよね。

ゴクツブシ:アメリカのエリートとかって、自分の専攻の他に副専攻も作るっていう。あれ聞いた時ショックだったわ。俺は今平和学とか副専攻として取ろうと頑張っているんだよね

いがもっち:ああ。ところで平和学って何をするの?(笑)

ゴクツブシ:一応……平和とは一体何なのかという概念とか定義とかを学んで、それだけだと机上の空論に過ぎないから、ケーススタディをする。

いがもっち:うんうん。

ゴクツブシ:やっぱり一概に平和って語れないじゃん? こうすることが平和だとか、こうすれば戦争は止められるとか一概には絶対語れないと思う。アルジェリアにはアルジェリアのケースがあるんだろうしシリアにはシリアのケースがあるんだろうし。

いがもっち:そうそうそう。

ゴクツブシ:絶対手を変え品を変え、別のアプローチでやっていかないとだめだと思う。そういう面ではそれぞれに専門化したというか特化した人がいてもいいと思う。

いがもっち:そうねえ。まあでもそう考えると確かに専門的に研究する人も必要だよね。

ゴクツブシ:まあねえ。現地とかねぇ。

いがもっち:突きつめる人がねぇ。

ゴクツブシ:そうそうそう。

いがもっち:それを誰かが体系的にすればいいと思うんだけど。

ゴクツブシ:役割分担か……平和活動の構造って、専門家━━特化してケーススタディに当たっている人とそれらを体系的にまとめあげる人達っていう、確かにちゃんと二分化されてはいるんだけど、結局その専門的な研究をした人達の方がどうしても劣位に立たされているんだよね。それはなぜかというと、体系的にまとめあげている人たちが国連の人とかIMFの人達で、そういう人達って結局上から「俺たちがこういうプランを作ったのでそちらの現地でこうこうこういう風にやってください」っていう風に現地の人達にプランだけ与えてやらせるって感じなんだよね。で、成功したらそれは搾取するし失敗したら失敗したで投げやりにしちゃって尻拭いはその現地の人達にやらせるっていう。完全な協力体制っていう形に全然なってないんだよね。

いがもっち:そうなんだ。

ゴクツブシ:らしいよ。俺も行ったことないから詳しくは知らないけど。

いがもっち:いやあ、でもやっぱり、結局はおいしいとことった方が脚光浴びることになるからねぇ。

 

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【1-1、旅行論】(ゴクツブシ米太郎)

こんにちは。ゴクツブシ米太郎です。一時の悪ノリで左のようなよくわからないペンネームをつけてしまったけれど、どうせなら「観音寺」とか「榊原」のような憧れのかっこいい苗字をつければよかった。観音寺米太郎。そこはかとなく漂う小坊主臭が素敵。

 

【1-1、旅行論~エリック・リード著『旅の思想史』をもとに~①】

 ――楽しみを手に入れようと躍起になった旅行者ほど惨めなものはない――

 これは、イギリスの小説家D・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』(1928年初刊。伊藤礼訳、学習研究社)の終盤に出てくる文言です。いったいなぜ、旅行者の娯楽の追求を戒めるなどというお節介を、この作者はするのでしょう?

 議論に突入する前に、「旅」と「旅行」の意味がどう違うのか、というポイントを押さえておきたいと思います。これに関しては、人それぞれの感性的な意見は枚挙に暇がないと思いますが、まずは、言語学的なアプローチから。

『観光旅行用語辞典』(北川宗忠著、ミネルヴァ書房)をめくってみると、「旅=travel」、「旅行=tour」というふうに弁別されております。

 お次に、辞書界では屈指の世界的権威の持ち主Oxford English Dictionaryを調べると、“travel”の語源はラテン語の“trepaliare”だそうな。大意は“an instrument or engine of torture”(ひどい苦痛の手段、あるいは動力)。また、中世英語の“travail”は“suffering or painful effort, trouble”(苦しいこと、あるいは痛みを伴う努力や困難)という意味です。

 一方、“tour”の語源はラテン語の“tornus”、意味は“a tool for describing a circle”(円を描くための道具)であり、“tour”の三つ目の意味では“A going or travelling round from place to place, a round; an excursion or journey including the visiting of a number of places in a circuit or sequence”(下線は引用者)とのこと。

すなわち、「旅行=tour」という言葉には「旅=travel」につきまとう「苦痛、困難」のイメージは希薄で、「行って戻る」ことが保証されている、円環的な移動のイメージが浮かんできます。

 言葉調べが長くなってしまいましたが、ここから「旅=travel」の歴史を簡単に紐解いてみましょう。『旅の思想史』(エリック・リード著、法政大学出版局)によれば、古代の文学『ギルガメシュ叙事詩』『オデュッセイア』で描かれる旅はまさに苦難の物語であり、それは神話的側面から語れば、神々が定めた宿命であり、必然的な試練であるとも言える。しかし、その苦難を乗り越えることによって、旅人はより優れた人物として成長することができる。言い方を変えれば旅の難易度が、旅人の経験地の尺度になっている、というわけです。

 ここで重要なのは、古代人にとって旅は強制される出来事であって、決して個人の自由の範疇ではなかったということです。これは日本の場合も似ています。万葉集に詠まれた旅に関する歌を詳しく分析した『萬葉集の覉旅と文芸』(三田誠司著、塙書房)では、旅に関する歌をA.旅先への関心、B.旅にある自己への関心、C.家・妻への関心の三つに分類しています。この分類に歌の詠み手のパースペクティブを付け足すならば、こんな感じでしょうか。

A.旅先への関心

⇒自宅や宮中を起点として、これから始まる旅を夢想している。

C.家・妻への関心

⇒旅先を起点として、残してきた家や身内を振り返っている。

B.旅にある自己への関心

⇒AとCに見られた二つの起点の狭間で揺れ動く心境、または、旅の経験によって自分の意識や感性、ものの見方が更新されていく様子を詠っている。

繰り返しになりますが、「旅行=tour」的な「行って」「戻る」ことができる保証は、古代の旅には縁のないものでした。古代の旅は、「旅行=tour」が持つ円環的なイメージよりも、上で見た二つの起点から成る単線的な、直線的なイメージのほうが圧倒的に強いのです。

 

(1-2につづく)

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【0、はじめに】(ゴクツブシ米太郎)

【挨拶】こんにちは。ゴクツブシ米太郎です。この記事は、今後の連載に関するお知らせです。それ以上でもそれ以下でもなく、そういう意味ではホンマにジャスタウェイみたいな存在感を放つということがこの記事の特徴なのだといえるでしょう。

 

【お断り】突然ですが、小説『春のバラバ』は、構想が大きく変わったため、連載を中止します。今後は見切り発車で連載を始めないように心がけ、安定的にブログの更新を行いたいと思います。申し訳ございません。

 

【ほんで、早速なんじゃけども】新しい連載小説のネタは今のところないので、しばらく「旅」をテーマに記事を更新していきます。内容は旅行記や論文っぽいやつ、旅を扱った小説や映画の紹介など多岐に渡る予定です。また、過去に書き溜めたものもあれば、新規に書くものもあります。とにかく、この機会に「旅」関連で書いたものを整理してみようと思います。

 

【目次(たぶん、こんな感じ)】

0、はじめに

1、旅行論~エリック・リード著『旅の思想史』をもとに~

2、広島の風景に関するエッセイ

3、「断絶」の表象①~竹西寛子が見た広島の風景~

4、「断絶」の表象②~テオ・アンゲロプロスの映画~

5、ユニークな徒歩者の眼差し~多和田葉子の小説~

(6、鎌倉旅行記)

 

書きながら我ながら仰々しいな、と思いつつ、はじめにつけちゃったタイトルがアレだしまぁいいかと投げやりつつ、明日から更新を始めます。またねー