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ジャンプ型小説・ブログ集

週刊少年ジャンプみたく3人の著者が小説やブログを更新していきます。

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【1-2、旅行論PART2】(ゴクツブシ米太郎)

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』

●「旅」、「旅行」という言葉の語源と、古代における「旅」のイメージを追った前回に引き続きまして、今回は中世・近代の「旅」のイメージを膨らませていきます。

 

 中世に至ってようやく人は旅する自由を手に入れます。『旅の思想史』によると、中世ヨーロッパの騎士たちは誰にも強制されず、自発的に旅をする「遊動性(モビリティ)」を手に入れたのです。また、中世に栄えたボローニャ大学などの学生たちは、ヨーロッパ各地を行脚して、専門的な知識を持った教授たちを探して回ったそうです(『大学の歴史』クリストフ・シャルル、ジャック・ヴェルジェ共著、白水社)。

 そして、近代になると水陸両面で交通インフラが発達し、「旅行=tour」が一般的に浸透するようになっていきます。近代以前は、旅人を送り出し、家で帰りを待つという役割に留まっていた女性も旅行の自由を得ました。

 いくつか文学作品を見てみますと、例えば、ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』では、積極的に愛を求める旅行に繰り出す若い女性と、それに当惑する男が描かれています。前回の記事の冒頭でも挙げた『チャタレイ夫人の恋人』では、戦争で負った怪我がもとで性的不能になった夫が、妻が子供を妊娠することを期待して、旅行と情事を勧める場面が描かれています。

 自由というのはいいものです。ジャン=ジャック・ルソーも『孤独な散歩者の夢想』で語っています。「自由とは、何でもかんでもやることができるという意味ではない。やりたくないことをやらない自由が真の自由である」と。

 『旅の思想史』でエリック・リードは、「現代人にとって『旅』とは、自由の表現であり、必然性と目的からの逃避である。また、新しく珍しいものを発見し、それに接近することでもある」と述べられています。

 この定義に関して異議を唱える余地はないように思われるし、ここで私が、上記のような現代人の欲望を満たすために「旅=travel」は「観光=sightseeing」と緊密に結びつきながら、商品化(パッケージ化)され、消費者に提供されてきた、と付け加えたとしても、概ねの同意を得られるのではないかとも思います。

 

(1-3につづく)

ロストテクノロジーは誰のためにあるの 〜東都動乱篇〜 第3章 月は無慈悲な砂の女王 Part1

小説・ロストテクノロジーは誰のためにあるの

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☆そして物語は第3章に入る。それぞれの思惑が交差し一同は白塔へと集う。

 

 不気味な男の手が伸びてきて、危うく捕らえられそうになる。

 足が動かない。金縛りにあったかのようだ。逃げなきゃ。頭では分かっているのに……。男が何か言う。男の手は目の前で止まり、スッと引っ込んだ――

「……志乃! 志乃!」

 自分を呼ぶ声に意識を揺さぶられて、志乃は目を覚ました。

「白塔、着いたけど大丈夫? なんか、苦しそうだったけど……」

 冷花が心配そうな顔つきで、自分の様子を窺っている。

 白塔に向かう車の中で、どうやら気がつかないうちに眠っていたらしい。

「ありがとう、冷花。もう大丈夫だよ。ちょっといやな夢を見ただけ」

 志乃は笑顔でそう言って、ワンボックスカーを降りる。まだ夢の映像が頭に残っていて、気分が悪かった。

 首筋や下着にいやな汗がにじんでいる。ひんやりした外気に、志乃は身震いした。

 先週、決まったとおり、志乃たちは白神所長の運転する車で白塔にやって来た。高くそびえ立った白塔の外壁には傷一つ見当たらず、滑らかな光沢を放って志乃たちを見下ろしている。

 一行は、正面の入り口から白塔の内部へと進入した。内部にはところどころに灯りがあるものの、薄暗くて不気味だ。白神所長がひそひそと囁く。

「いいかい、みんな、僕から決して離れないように。それから、それぞれ周囲に気をつけながら歩くこと。いいね?」

 皆、神妙な顔つきで黙って頷いた。今回の探索は、楽しいピクニック気分というわけにはいきそうになかった。

 覚悟を決めて白塔の中へ入った志乃だったが、若干の眩暈と耳鳴りがして気分が悪い。しかも、その度合いは弱まったかと思えば強くなるなど、まるで電波を受信し損ねているラジオのようだった。

「通路が何本にも枝分かれしているようね」

 冷花の発言に、りっくんが頷く。

「ああ。このままでは迷子は確実だな。ということで、」

 りっくんはリュックサックからポテチの袋を取り出した。

「通った道にポテチのかけらを置いていこう。古典的な方法だが、地図もない以上、これがベストだろう」

 一行は何度も角を曲がり、どこまで行っても変わりばえのしない通路をひたすら進んだ。ヤスが、「つーか、どこまで続いてんの」と言ったあたりで、志乃は妙だと思った。

 ――なんだろう、この嫌な感じ……。白塔全体がざわめいているような……。

 そのときだった。

「あっれー、あなたたちだれですかー? 紅叉のメンバーでもないですねー?」

 この不気味な塔に似つかわしくない、のほほんとした声が響き渡った。

 声のするほうを見ると、板金鎧(プレート・アーマー)をあしらったワンピース姿の女性がにこにこと微笑んでこちらを見つめている。まだ幼い少女のようにあどけない笑顔には、思わずつられて笑いかけそうになる魅力があった。

「もしかしてあなたたちもー、探検しに来たんですかー?」

「そうなんスよ~。いまんとこ歩いてばっかで収穫ゼロでー」

 と気さくに答えるヤスを、白神所長が遮った。

「見かけに騙されるんじゃないよ、ヤスくん。こんなナリだが、彼女は月砂のメンバーの一人、和泉木葉(いずみこのは)くんだ」

「月砂!?」

 一同の身が固くなる。和泉木葉はうふふっと笑い声を漏らす。

「そーゆーあなたは、『七色の複合術師(トリックミキサー)』、白神さんじゃないですかー。まさかこんなところで会えるなんてうれしいですー。ねーねー、どーして月砂に勧誘されたとき断っちゃったんですかー? リーダーはあなたのこと、すっごく気に入ってたみたいですよー?」

「悪いけど、そんな昔話に付き合ってるヒマはないんだよね」

 白神所長は上着のポケットから土くれを取り出すと、床に放って軽く蹴った。すると、土くれはむくむくと肥大し、壁になって和泉と白神所長たちとを隔てた。

「入口に戻ろう! 今日のところは引き上げるよ!」

 白神所長の一声で一同が走り出したそのとき、背後でピシッという音が聞こえた。みんなが振り返った瞬間、壁は粉々に吹き飛んだ。和泉は鎖鎌を振り回しながら、笑顔のまま距離をつめてくる。

「やっぱり白神さんの霊気力は使い勝手がいいですねー。でも、この程度で私を足止めできると思ったんですかー? あんまりなめてると殺しますよー?」

 たん、と床を蹴って和泉が前方に飛び、白神所長の胸部をめがけて鎖鎌を振り下ろす。しかし、冷花のほうが僅かに早かった。冷花は目にもとまらぬ速さで呪印を結ぶと、白神所長を結界で包み込んで鎌を弾き飛ばしたのだ。

「あっれー? そちらのお嬢さんも面白い技を持ってますねー。じゃあ、お嬢さんから殺してあげまーす」

「ここは私たちで食い止める! みんな、逃げて!」

 冷花は志乃たちに向かってそう叫ぶ。

「でも……」と志乃はちらりとコウの顔を窺った。

 コウも志乃を見返してくる。白神所長が声を張り上げた。

「これは所長命令だ。ここは我々に任せて入口へ逃げなさい!」

 四人は顔を見合わせ、力強く頷いた。

「所長、冷花、早く追いついてこいよ!」

 ヤスがそう声をかけ,四人は走り出す。

 いまや、志乃の頭は割れるような痛みを訴えていた。

 時どき、視界がかすむ。

 ――だめ、しっかりしなきゃ……。ここで倒れるわけにはいかない……。

 走りながら、りっくんが愕然とした声を上げた。

「どうなってるんだ!? 床に置いたポテチがぜんぶなくなってる。まさか志乃……。お前、腹が減りすぎて食べてしまったのか?」

「んなわけねーだろ!」

 ヤスが怒鳴る。

「月砂の連中が回収したんじゃねぇのか? 何の目的があんのか知らねぇが、俺たちをここに閉じ込めるためによ」

「そんな手間のかかることより、もっとマシな作戦を思いつきそうなものだが……」

「じゃあ何だってんだよ!?」

 一同は仕方なく、来た道を必死で思い返しながら走っていく。一分ちょっと走っただろうか。ある角を曲がりしなに、志乃はごつごつした巨大なものにぶつかって、尻餅をついた。

「あいてっ!」

志乃の頭上から、どんより沈んだ声が降ってくる。

「あのぅ……。このへんで、ワンピース姿の小さい女の人、見はりませんでした?」

 志乃はおそるおそる顔を上げた。巨大なものの正体は、ゆうに二メートルを超す長身の女性だった。筋肉質で大柄な肉体。和服にゴスロリ衣装を組み合わせた服。そして、小脇に抱えた童女の日本人形。すべてが気味の悪いほどちぐはぐだ。

「その人なら、さっき向こうで見たッス……」

 ヤスがおっかなびっくり答えると、巨大な女性は物憂げな表情で「そう、おおきに」と呟いて、立ち去りかけた。しかし、はたと足を止め、くるりと志乃たちを振り返る。

「っていうか、あんさんら。計画の邪魔やから、ここで消えてもらいます」

 

☆霊気力者は霊気力者を呼ぶ! 巨大な女性は「月砂」の一員か? それとも……。

ゴクツブシ米太郎といがもっちの懐かしの座談会 パート2

ニーチェ

ゴクツブシ:ニーチェ※1読んでるの?

いがもっち:ニーチェはちょっとかじっただけ笑 そんなに読んでない笑 ニーチェもたくさん本出しとるけど、とりあえず『善悪の彼岸』は完全に読んでみたいねぇ。……そう言えば、ツァラ……あれ、なんだっけ?

 

ゴクツブシ:ああ。『ツァラトゥストラはかく語りき』?

いがもっち:そうそう。そのツァラトゥストラってさ……あの……古代の「万物の根源は土・火・水・風」って言った人誰かいね?

ゴクツブシ:ええーっと……ああ、思い出したいけど思い出せないな

いがもっち:ああーっと……ああ、エンペドクレスだ。それがモデルになっているらしいよ

ゴクツブシ:へー。ピタゴラスしか覚えてなかった(笑)

 

※1 フリードリヒ・ニーチェ。ドイツの哲学者。ニヒリズムの生みの親。『善悪の彼岸』では、僕の好きな言葉「人は結局のところ対象そのものを愛しているのではなく自分の欲望を愛しているのである」が掲載されている。

 

プロフェッショナルorオールマイティ??

ゴクツブシ:最近、文学ばっかりじゃなく他にも視野を広げないといけないって思うようになってきたわ。社会学とかメディア論とか。

いがもっち:うん。そうよね……それはもうなんか文学にかかわることというか……最近よく言われていることが、「最近の大学は専門にはしり過ぎている。そろそろ体系的に研究しないといけない」。やっぱり一分野だけでなく、他分野にまたがる研究をした方がいいよね。

ゴクツブシ:アメリカのエリートとかって、自分の専攻の他に副専攻も作るっていう。あれ聞いた時ショックだったわ。俺は今平和学とか副専攻として取ろうと頑張っているんだよね

いがもっち:ああ。ところで平和学って何をするの?(笑)

ゴクツブシ:一応……平和とは一体何なのかという概念とか定義とかを学んで、それだけだと机上の空論に過ぎないから、ケーススタディをする。

いがもっち:うんうん。

ゴクツブシ:やっぱり一概に平和って語れないじゃん? こうすることが平和だとか、こうすれば戦争は止められるとか一概には絶対語れないと思う。アルジェリアにはアルジェリアのケースがあるんだろうしシリアにはシリアのケースがあるんだろうし。

いがもっち:そうそうそう。

ゴクツブシ:絶対手を変え品を変え、別のアプローチでやっていかないとだめだと思う。そういう面ではそれぞれに専門化したというか特化した人がいてもいいと思う。

いがもっち:そうねえ。まあでもそう考えると確かに専門的に研究する人も必要だよね。

ゴクツブシ:まあねえ。現地とかねぇ。

いがもっち:突きつめる人がねぇ。

ゴクツブシ:そうそうそう。

いがもっち:それを誰かが体系的にすればいいと思うんだけど。

ゴクツブシ:役割分担か……平和活動の構造って、専門家━━特化してケーススタディに当たっている人とそれらを体系的にまとめあげる人達っていう、確かにちゃんと二分化されてはいるんだけど、結局その専門的な研究をした人達の方がどうしても劣位に立たされているんだよね。それはなぜかというと、体系的にまとめあげている人たちが国連の人とかIMFの人達で、そういう人達って結局上から「俺たちがこういうプランを作ったのでそちらの現地でこうこうこういう風にやってください」っていう風に現地の人達にプランだけ与えてやらせるって感じなんだよね。で、成功したらそれは搾取するし失敗したら失敗したで投げやりにしちゃって尻拭いはその現地の人達にやらせるっていう。完全な協力体制っていう形に全然なってないんだよね。

いがもっち:そうなんだ。

ゴクツブシ:らしいよ。俺も行ったことないから詳しくは知らないけど。

いがもっち:いやあ、でもやっぱり、結局はおいしいとことった方が脚光浴びることになるからねぇ。

 

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【1-1、旅行論】(ゴクツブシ米太郎)

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』

こんにちは。ゴクツブシ米太郎です。一時の悪ノリで左のようなよくわからないペンネームをつけてしまったけれど、どうせなら「観音寺」とか「榊原」のような憧れのかっこいい苗字をつければよかった。観音寺米太郎。そこはかとなく漂う小坊主臭が素敵。

 

【1-1、旅行論~エリック・リード著『旅の思想史』をもとに~①】

 ――楽しみを手に入れようと躍起になった旅行者ほど惨めなものはない――

 これは、イギリスの小説家D・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』(1928年初刊。伊藤礼訳、学習研究社)の終盤に出てくる文言です。いったいなぜ、旅行者の娯楽の追求を戒めるなどというお節介を、この作者はするのでしょう?

 議論に突入する前に、「旅」と「旅行」の意味がどう違うのか、というポイントを押さえておきたいと思います。これに関しては、人それぞれの感性的な意見は枚挙に暇がないと思いますが、まずは、言語学的なアプローチから。

『観光旅行用語辞典』(北川宗忠著、ミネルヴァ書房)をめくってみると、「旅=travel」、「旅行=tour」というふうに弁別されております。

 お次に、辞書界では屈指の世界的権威の持ち主Oxford English Dictionaryを調べると、“travel”の語源はラテン語の“trepaliare”だそうな。大意は“an instrument or engine of torture”(ひどい苦痛の手段、あるいは動力)。また、中世英語の“travail”は“suffering or painful effort, trouble”(苦しいこと、あるいは痛みを伴う努力や困難)という意味です。

 一方、“tour”の語源はラテン語の“tornus”、意味は“a tool for describing a circle”(円を描くための道具)であり、“tour”の三つ目の意味では“A going or travelling round from place to place, a round; an excursion or journey including the visiting of a number of places in a circuit or sequence”(下線は引用者)とのこと。

すなわち、「旅行=tour」という言葉には「旅=travel」につきまとう「苦痛、困難」のイメージは希薄で、「行って戻る」ことが保証されている、円環的な移動のイメージが浮かんできます。

 言葉調べが長くなってしまいましたが、ここから「旅=travel」の歴史を簡単に紐解いてみましょう。『旅の思想史』(エリック・リード著、法政大学出版局)によれば、古代の文学『ギルガメシュ叙事詩』『オデュッセイア』で描かれる旅はまさに苦難の物語であり、それは神話的側面から語れば、神々が定めた宿命であり、必然的な試練であるとも言える。しかし、その苦難を乗り越えることによって、旅人はより優れた人物として成長することができる。言い方を変えれば旅の難易度が、旅人の経験地の尺度になっている、というわけです。

 ここで重要なのは、古代人にとって旅は強制される出来事であって、決して個人の自由の範疇ではなかったということです。これは日本の場合も似ています。万葉集に詠まれた旅に関する歌を詳しく分析した『萬葉集の覉旅と文芸』(三田誠司著、塙書房)では、旅に関する歌をA.旅先への関心、B.旅にある自己への関心、C.家・妻への関心の三つに分類しています。この分類に歌の詠み手のパースペクティブを付け足すならば、こんな感じでしょうか。

A.旅先への関心

⇒自宅や宮中を起点として、これから始まる旅を夢想している。

C.家・妻への関心

⇒旅先を起点として、残してきた家や身内を振り返っている。

B.旅にある自己への関心

⇒AとCに見られた二つの起点の狭間で揺れ動く心境、または、旅の経験によって自分の意識や感性、ものの見方が更新されていく様子を詠っている。

繰り返しになりますが、「旅行=tour」的な「行って」「戻る」ことができる保証は、古代の旅には縁のないものでした。古代の旅は、「旅行=tour」が持つ円環的なイメージよりも、上で見た二つの起点から成る単線的な、直線的なイメージのほうが圧倒的に強いのです。

 

(1-2につづく)

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』【0、はじめに】(ゴクツブシ米太郎)

『交通インフラに反抗する清純派な草枕たちの雑録』

【挨拶】こんにちは。ゴクツブシ米太郎です。この記事は、今後の連載に関するお知らせです。それ以上でもそれ以下でもなく、そういう意味ではホンマにジャスタウェイみたいな存在感を放つということがこの記事の特徴なのだといえるでしょう。

 

【お断り】突然ですが、小説『春のバラバ』は、構想が大きく変わったため、連載を中止します。今後は見切り発車で連載を始めないように心がけ、安定的にブログの更新を行いたいと思います。申し訳ございません。

 

【ほんで、早速なんじゃけども】新しい連載小説のネタは今のところないので、しばらく「旅」をテーマに記事を更新していきます。内容は旅行記や論文っぽいやつ、旅を扱った小説や映画の紹介など多岐に渡る予定です。また、過去に書き溜めたものもあれば、新規に書くものもあります。とにかく、この機会に「旅」関連で書いたものを整理してみようと思います。

 

【目次(たぶん、こんな感じ)】

0、はじめに

1、旅行論~エリック・リード著『旅の思想史』をもとに~

2、広島の風景に関するエッセイ

3、「断絶」の表象①~竹西寛子が見た広島の風景~

4、「断絶」の表象②~テオ・アンゲロプロスの映画~

5、ユニークな徒歩者の眼差し~多和田葉子の小説~

(6、鎌倉旅行記)

 

書きながら我ながら仰々しいな、と思いつつ、はじめにつけちゃったタイトルがアレだしまぁいいかと投げやりつつ、明日から更新を始めます。またねー

勉強部 第一問 理想に近づくための努力を避け安易な方へ流れることを何という??

勉強部

「じゃあ、この間の模試を返します」

 朝のHR(ホームルーム)で、二年Ⅲ組の担任、佐々山康子(ささやまやすこ)が生徒に呼びかける。

 生徒が出席番号順にテストを受け取りに行く。

「見せて見せて~」

「え~やだよ。お前が見せてくれたらいいよ」

「ムリムリムリ! 今回やばかったから」

「そう言いながら絶対いいだろ。俺の方が絶対ひどいわ」

「じゃあ、せーので見せ合おうぜ」

 テストを受け取った生徒たちが群れながら騒ぎ立てる。

 皇清明(すめらぎせいめい)は一人静かに席に佇んでいた。

   ──なぜ、友達同士でわざわざテストの点数を確認するのか?

  そこに何の意味があるのか。自分の点数が上がるわけではないのに。

 単に他人の成績を見たいだけのか。

 あるいは周りのやつの成績を見て、自分がこのクラスでどれくらいの位置にいるのか知りたいのか。そして、それに対する優越感や焦燥感を持ちたいのか。

 だとしたら無意味だと言わざるを得ない。

 何か特別な目的があるのならば話は別だ。しかし、単に他の者の成績を見たところで人生には何のプラスにもならない。

 クラス内の自分の位置を知ってどうなる。受験とはあくまで全国──さらに言えば自分の志望校を受験する生徒たちとの戦いだ。

 たとえクラス内で上位にいて優越感・安心感を持ったとしても、志望校の判定が悪ければ意味がない。

「数学死んだわ」

「いや、俺の英語の方がやばいけん」

 ──なぜ自分の成績が悪かった科目を教えるのか?

 成績が悪いのを自慢してどうなる。

 そんなことしてる場合ではないはずだ。

 何かしら目立ちたいのだろうが、それは恥ずべき行為だと認識するべきだ。それがわからないから成績が悪いのだろうが。

「えっお前すごくね? 第一志望B判定じゃん」

「たまたまよ」

 ──成績を褒められたときの謙遜は果たして必要なのか?

 謙遜とは自分の能力はもっと下だと見なす行為であり、自分の実力を低く見積もることもやはり勉強においては不要だ。勉強はあくまで自分の成績をありのままに知ることが重要であり主観が入り込んではいけない。

 もちろん成績が良いと褒められ、「だろー?」と返事をすることは、「なにこいつ調子のってんの」と思われるかもしれない。だからといって、「そんなに良くないよ」と返事をするのも失礼ではないのか。

 ただ、「ありがとう」と喜べばいいのではないのか。

「皇くんはどうだった?」

 クラスメイトの女の子が皇の成績表を覗き込む。

 普段は全く話しかけてこない奴が、こういうときだけ話しかけてくる。

 皇は自分の成績表を隠さず机の上に出していた。それは彼の成績が良かったからではなく、成績を見られても何とも思わない彼の流儀に起因する。

「皆ちょっと来てみて!」

 成績表を見た生徒がクラスメイトたちに呼びかける。

 その生徒が驚くのも無理はない。

 皇の成績表には「第一志望 東京大学 理科一類 A判定」の文字があったからだ。

「やばっ! 東大A判とか」

「ぶち頭いいじゃん」

「流石や」

 彼の成績表を見た生徒たちが騒ぎ始める。

 皇は呆れて、周りの生徒が気付かないくらいの小さなため息をつく。 

 ──どうして他人の成績が気になるのか?

 そんなに東大A判を見たいものなのか。

 だから言ってやった。

「こんな簡単なテストでA判だしてどうなる」

 その瞬間、皇の周りの生徒たちが凍りつく。

 皇はかまわず続ける。

「センター模試や大学別プレならまだしも、二年生の始めで受けるこんなちょろい模試で点取ってもうれしくねーよ」

 周囲の生徒たちは言葉が見つからず困惑する。

「はいはい静かに席について」

 全員分の成績表を配り終えた佐々山が手を叩きながら生徒たちに促す。

 結局、皇に群がる生徒たちは何も言えず自分の席に戻っていった。

 

   ○

 

「おい、皇(すめらぎ)!」

 朝のHR(ホームルーム)の後、廊下を歩いていたときに皇は声をかけられた。

 声の持ち主は二年Ⅰ組の伊藤(いとう)であった。

「なんだ? どうした?」

 皇は急な呼びかけに不機嫌そうに答える。

「今回の俺の成績全然上がってないんだが」

 伊藤が自らの成績表を皇に差しだす。

「まあ今回は問題も前回より難しかったしな。……なんだ、総合偏差値一上がってんじゃねーか」

「たった一だぞ? お前少なくとも十は上げるって言ったよな?」

「ああ言ったな。卒業するまでにはな」

「ふざけるな!」

 伊藤が声を荒げる。

「こんなの詐欺だ! 俺はてっきり今回の模試で十上げてくれるもんだと思ってたんだぞ」

「俺は『今回の模試』とは一言も言ってない」

「そうかもしれないが話の流れからわかるだろ!」

 皇はため息をつく。

「それはお前の拡大解釈だ。第一、そんな短期間で偏差値が十も上がるわけねーだろ。それくらい考えたらわかるはずだ」

「……それはそうだが、俺はお前の評判を信じたんだ。評判通りなら次の模試までに上げてくれるって。それに金だって払っただろ」

「何を吹き込まれたのか知らねーが、お前少し夢見がち過ぎるぞ。それにこちとら慈善事業じゃねーんだ。報酬もらうのは当たり前だ」

「黙れ、くそっ」

 伊藤は納得のいかない表情をする。

 そこへ皇がたたみかける。

「お前は勉強をなめ過ぎだ。考えが甘いんだよ。あれくらいで成績上がってたら誰も苦労しねーわ」

 図星を言われると、多くの人間は憤りを感じるものだ。そのため人は他人にあまり厳しいことを言わない。

 しかし、皇は歯に着せぬ物言いをする。

「もう許さねー。こうなったら━━」

「こうなったらどうする? 先生にでもチクるのか?」

 伊藤の言葉を男の声が遮る。

 ただし、この声の持ち主は皇ではなかった。

 二年Ⅱ組、廣門源水(ひろかどげんすい)である。

 坊主頭でメガネをかけており、どこか明治・大正期の哲学者を思わせる顔つきをしている。

 この学校の二年生で理系で一番頭がいいのは皇ならば、廣門は文系で一番である。

「……廣門」

「先生にチクったところでどうなるんだ? アイツはどういった理由にせよお前に勉強を教えている。報酬にしたってお前と合意の上でもらっている。どう考えてもお前に分があるとは思えんがな」

 廣門は滞りなく淡々と語る。

「……くそっ!」

 伊藤は返す言葉もなく振り返り、「二度と頼まねー」と言って、去っていった。

「さすが将来の弁護士だ。『毒舌な文系(シャスター)』」

「何の何の。また悪名が広がったみたいだ。『凶悪な理系(マッドサイエンティスト)』」

『毒舌な文系』は廣門、『凶悪な理系』は皇に付けられたあだ名であった。

もちろん二人は普段互いをこのように呼ばない。皮肉めいて呼ぶときにだけこのあだ名を使う。

「かまわねーよ。真に賞美するに値する業績ってのはすぐには理解されねーもんだ。ガリレオにしろメンデルにしろ、ヤツらの業績が認められたのはヤツらの死後だったはずだ」

「そうだな。それに悪名こそが勉強部という節もある」

 二人はほくそ笑む。

 ━━勉強部。文系一位の廣門と理系一位の皇。この二人だけで構成される学校非公認のクラブ。普段は特に何もせず、生徒から依頼があったときにだけ活動する。また、学校非公認のため、部費はでず、依頼主から報酬をもらうことにしている。報酬は決められておらず、依頼主との話し合いの上で決定する。

 勉強部は浮いている。悪い意味で浮いている。孤島の浮島。

 今でも二人廊下でしゃべっていても寄りつく人はいない。彼らに寄りつくことができる者はこの学校でも数えるほどしかいない。

「まあ、悪名のほとんどはお前に原因があるがな」

 廣門は皇を指さして言った。

「はあ? なんでだよ」

「いいか? 俺は仲間内でしか勉強できない奴の悪口は言わない。直接馬鹿にしたりはしない。だがお前は違う。勉強できない奴に対して直接、歯に着せぬ物言いをするではないか」

「知るかよ。本当のことを言ってるまでだろ」

 皇は鼻で笑う。

 この社会はいつもそうだ。本音が言えない。空気を読めとうるさい。

 本当は皆も思っているはずだ。自分の方が賢い。アイツは自分より馬鹿だ。

それを皆は口に出さない。こうして本音を言わないまま一生過ごしていくつもりなのだろうか。

それならば自分の生き方の方が何倍もましだ、と皇は思う。

「これだからお前は。少しは社会に適応することを覚えたらどうかね。『凶悪な理系』君」

「うるせーよ『毒舌な文系』。裏では散々なこと言ってるくせに表では猫かぶりやがって。文系は大変だよなぁ。そうやって媚を売って生きていかねーといけねーもんなぁ」

「その媚売って生きる奴にこき使われているのは誰かなぁ。文系が支配する社会の下で社畜のように研究させられる理系。何とも惨めじゃないか」

「社会の歯車として一生を終えるしかない文系よりはましだな。ってか、文系って大学入って何すんの? 職業訓練? だとしたら大学に行く必要ないし、なんだったら学問としても必要ねーな」

「は? 社会あってこその学問だろ。文系がいなければ社会は回らない。となると理系は当然学問・研究なんかできなくなる。文系あってこその理系だとなぜわからない」

「社会社会言ってるが、理系には農学部がいるということを忘れんな。食いもんがなければ社会もクソもねー」

周りの生徒たちは自分たちとは関係ないといわんばかりに二人から離れている。

 二人はヒートアップしていき、ついにはただの低レベルな罵詈雑言の浴びせ合いになった。

「は? なんやコラ!」

「あ? なんや! やるんか!」

「ああ? お前舐めとんのかコラ!」

「ああん?」

 このように二人が口喧嘩するのは珍しいことではない。一種の定番であり、本人たちは本気ではない。他の生徒もこのことに慣れている。

 しかし、この喧嘩があまりに長引くと、次第に生徒たちは本当に喧嘩しているのではないかと疑い始める。

「もう、また。何してるのあなたたち!」

 結局、二人の騒ぎを聞きつけやってきた皇の担任の佐々山によって喧嘩は終わった。

「皇くんちょっと来なさい」

 同時に、皇は佐々山に連れていかれた。

 

   ○

 

 皇が連れていかれた場所は佐々山のホーム、第一理科準備室であった。

 二人は対面してソファーに腰をかけている。

「止めてくれてサンキュー、ヤスチー」

 皇が友達と接するかのように軽く手を上げる。

「『サンキュー』じゃないでしょ! もう少し大人しくというか、和に溶け込むことはできないの?」

 佐々山は悲しげにため息をつく。

「ははっ、ご冗談を」

「私はこれでもアナタのことを心配してるんです」

「杞憂だね。俺なんか放っといて、もっと困ってる生徒見てあげたらどう?」

「それはちゃんとやっています。やった上であなたのことを心配しているんです。あなたはせっかく頭が良くて賢いんですから。みんなと仲良くしろとは言いません。けど、敵を作らないような行動をとりなさいと言ってるんですよ」

「敵を作らないねぇ。けどさヤスチー、俺はどっちかっていうと独りが好きだし、みんなに気を遣うくらいだったら言いたいこと言って、やりたいことやりたいんだよね。例え嫌われようと」

 皇は淡々という。

 皇は本音でそう言っている。そして佐々山もどこかで皇の言うことに納得している。しかし佐々山は教師という立場上他の生徒にあまりに目につく行動を注意しなければならない。一個人としては皇の自由にさせてあげたい、だが教師としては皇を注意しなければならない。そのジレンマが佐々山をより一層悩ませる。

 佐々山は一つため息を取る。

「わかりました。せめて廣門くんと喧嘩ごっこするのはやめてください。周りの女の子がびくびくしているので」

 今の自分にはできることはこれだけ。佐々山は自分の力不足に少し落ち込む。皇は自分を変えるつもりはなく、佐々山は皇を変えることはできない。「辛抱強く待つ」ということも教師に必要な能力なのかもしれない。

「あんなのじゃれ合いだよ。それに廣門がけしかけてこなかったらあんなのしないよ」

 「どうだか」と佐々山は返す。皇からは明らかに反省の色が見えないが、これ以上は蛇足というものだ。佐々山は皇を解放して教室に戻らせることにした。

 一人残った第一理科準備室で独り言ちた。

「はぁーあ。教師って難しいなぁ。ただ授業をすればいいというわけではないし。なんで私は教師になったんだろう?」

 

answer:現実逃避

 

 

 

【小説】勉強部(いがもっち)

勉強部

☆いがもっちです。新連載の脚本型小説「勉強部」を始めます。この物語は僕の兄貴が実際に高校時代にごっこ遊びで作っていた「勉強部」がモデルになっています。学園青春物語です。

 

あらすじ

清明(すめらぎせいめい)は県内の国立・皆実大学附属高校に通う高校生。勉強第一主義者で同級生の廣門源水(ひろかどげんすい)とともにつくった勉強部で勉強の真髄を極め、夢ばかり語り現実を見ない夢見心地な学生たちを容赦無く斬り捨てる。夢だけ大きく努力しないやつが最も嫌いである。理系科目が苦手な大人しい女子、千賀峰咲からの依頼。一匹狼の女子、飛鳥井との出会い、真面目な優等生学級委員長の西園寺との勉強対決。行事嫌いの皇の文化祭での行動、そして体育祭ーー。一風変わった青春物語をご賞味あれ。

 

主人公

清明 皆実大学附属高校二年Ⅲ組。

好きな食べ物 カツ丼

趣味 読書、勉強全般(とりわけ物理と数学)

好きな言葉 「天才とは1%の努力と99%の才能である」

10月12日生まれ。16歳。